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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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相性

  

 アイリスの真っすぐな答えにイリシオスは目を細めてから、ふっと笑みを溢した。


「アイリス。お主らしい、答えじゃな」


「……」


 イリシオスはハーブティーが注がれたカップの縁を指先で軽く沿うように触れる。水面には彼女の青い瞳が映り込んでいた。


「そう、確かに未来とは誰にも分らぬもの。……少し先が視えただけで、簡単には変えられるものではない」


 それでも、とイリシオスは呟く。


「折れずに歩み続ける者達をわしは嬉しくも、眩しくも思う。だから、どうかその眩しさを纏ったまま、焼き尽くされないようにしてくれ。限られた『運命』に思考を支配され、抗うことだけが全てではないと自覚しておいて欲しいのじゃ。……わしはただ、お主達の平穏だけを願っておるからな」


 平穏、それはきっと今のアイリスには手に入らないものだろう。それでも、いつかきっと魔犬を倒したその先に自分達が求める穏やかな未来があると信じている。


 だからこそ、立ち止まるわけにはいかないのだ。望んだ未来をクロイドと共に、手にするために。


「もし今後、見た夢に違和感を覚えるものがあれば、遠慮することなくわしへと訊ねるといい」


「……宜しいのですか?」


 もしかすると、夢の内容をあまり覚えていないかもしれない。それでもイリシオスを頼ってもいいのだろうかと不安を表情に浮かべると彼女はこくりと頷き返した。


「見た夢の内容を口に出して、吐くことで心に(つか)えているものが和らぐかもしれぬ。……ローレンス家の人間が見る夢はいつも心を突き刺すものばかりだと聞くからな」


「……」


 イリシオスのその言葉に、密かに胸の奥がぎくりと脈打った気がした。


 アイリスは元々、眠っている際にはあまり夢を見ない人間だ。夢を見るほとんどの場合が過去の惨劇だったり、内容を覚えていない場合が多い。


 自分にとって都合が良い夢や幸せな夢は見た瞬間に、「夢」だと分かってしまうからかもしれない。それならば、いっそのこと夢を見なければいいのにとさえ思う。


「……アイリス」


 掠れるような声で、クロイドが自分の名前を呼ぶ。


 アイリスの膝の上に置かれていた左手の上には彼の右手がいつの間にか添えられていた。それは包み込むようにしっかりと握りしめられる。


 アイリスは静かに顔を上げて、クロイドの黒い瞳に視線を向ける。交わされたのは熱が含まれた視線で、彼は何か言いたげな表情を浮かべていた。


「クロイド……」


「一人で、背負うなよ」


「っ……」


 その言葉は、見た夢が悲惨なものだったならば、自分にも伝えろと言っているようだった。


 見た夢を誰にも言わずに、胸の奥へと潜めることは簡単だ。だが、見た夢がいつか現実となってしまうならば、それは自分にとって新しい重荷にもなりかねないのだ。


 アイリスが抱いた重荷を半分、自分も背負うというクロイドの言葉に思わず瞳の奥が緩んでしまいそうになる。


 しかし、今はイリシオスの目の前だ。アイリスは出来るだけ不敵な笑みを浮かべて、強気に答えた。


「ええ、その時は私の話を聞いてくれると嬉しいわ」


 きっとクロイドは強がっている自分の内心を見抜いているのだろう。それでも、彼は追究しようとはせずに頷き返してくれた。


 そんなアイリス達のやり取りを目の前に座っているイリシオスはどこか愛おしそうな瞳で見つめて来ていた。


「やはり、お主達は色んな意味で相性が良いようじゃのぅ」


「……」


 からかうような口調ではなかったが、指摘されたアイリス達はつい頬を同時に赤らめてしまう。

 クロイドは咄嗟に、アイリスに重ねていた手を引っ込めたようだ。


「元々、ローレンス家と王家の人間はお互いに相性が良い者が多かったが、その中でもお主らは上位にいく程の仲の良さじゃ。……ふむ。どうやら、孫の顔は近いうちに見られそうかの?」


「まっ……」


「っ!?」


 イリシオスの突然の発言にアイリス達は赤らめていた顔を更に紅潮させて固まってしまう。


「おや? そのような話はせぬのか? 二人は恋人同士だと聞いておるが……」


 恐らく、自分達が恋人同士であることはブレアによって伝えられているのだろう。


 まるで以前、従兄弟であるエリオス・ヴィオストルから振られた話と同じものを訊ねられている気がしてならない。


 どうして、自分達の周りの人間はこうも孫や甥、姪の顔を見たがるものなのだろうか。まだ結婚もしていないというのに。


 アイリスが返答の言葉に詰まっていると隣に座っているクロイドが姿勢を正してから、真面目な表情でイリシオスへと言葉を返した。


「結婚の約束はしていますが、お互いに学生でもあるため孫の顔を見せるのは当分、先になると思います」


「く、クロイドっ……」


 真面目な顔をして何を言っているのだと、アイリスが気恥ずかしさから生じた涙を目元に浮かべつつ訴えると、彼はどこか余裕そうな笑みを浮かべて返してきた。

 これは自分をからかっている時の顔とよく似ている。


 全く、つい先程まで同じように赤面していたというのに、切り替えが早い人だと感心するしかない。


 アイリスが頬を膨らませて小さく睨むと、イリシオスからは楽しそうに苦笑する声が返って来た。


「くははっ……。いやぁ、初々しくて可愛いではないか。……クロイド、アイリスを大切にするのじゃぞ?」


「はい、もちろんです」


「……もうっ。クロイドだけじゃなく、イリシオス様まで……!」


 こっちは気恥ずかしさで身体中が沸騰してしまいそうだというのに、クロイドとイリシオスはそんなアイリスの表情を眺めながら、暫くの間、楽しそうに笑っていた。

 

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