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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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進むだけ

 

「……この力に、心当たりはあるか?」


 ぼそりと探るように告げられるイリシオスの言葉にアイリスはごくり、と唾を飲み込んだ。


「……分かりません」


 胸に手を当てつつ、今までのことを振り返るように思案し始める。


「夢を見ても……。覚えていることの方が少ないのです。でも……」


 ぎゅっと胸元辺りを右手で掴んでしまったのは、何故か息苦しさを覚えたからだ。


「内容は覚えていないのですが、夢の中で誰かの声を聞いたことならば、何度か心当たりはあります。でも、目覚めた後には聞いた内容も、その人の顔も、声も何も覚えていない場合が多いのです」


「ほう」


 イリシオスの瞳が一瞬だけ光った気がした。彼女が欲しかった言葉がアイリスの会話の中に含まれていたのかもしれない。


 今、思い返せば、「夢魂(むこん)結び」の力の兆候らしいものはあったのだろう。それでも特に気にすることはなく、そういう夢もあるものだ、ということで片付けていた。


 だが、これがローレンス家の人間が持っている特有の力だというのならば、これから見る夢をもう少し気にした方がいいだろう。


「自覚はないが、夢魂結びの力を発揮しているのかもしれぬな。夢を覚えていないということは、力が中途半端に発現しているからだろう。……このまま、夢魂結びの力がはっきりと発現すればそれはお主にとって、力にもなりえるし、煩わせるものにもなるかもしれない」


「……」


「のぅ、アイリス。未来が見えるというならば、その力……手にしたいと思うか?」


 イリシオスはすっと目を細めて、どこか挑むような声色で訊ねてくる。たじろいだわけではないが、アイリスは少しだけ顎を引いてから背を伸ばした。


「私は……」


 突然、過去や未来の魂と交える力を持っていると言われても、その力を自覚することは出来ない。視たいと思っていても自分が望むものを視ることは出来ないのだろう。


 それならば自分は、身体に潜んでいるこの力を使って、死んだ家族の魂と何度だって対話していたはずだ。


 アイリスがイリシオスの質問に答えられずに口籠っていると、彼女は苦笑するような吐息を漏らしてから首を横に振った。


「力が発現していないならば、今は深く考えなくてもいい。ただ、お主には──ローレンス家には『夢魂結び』という特有の力を備えて生まれてくる者がいる、ということを認識しておいて欲しいのじゃ」


 イリシオスは穏やかな声色で言葉を続ける。彼女はきっと、エイレーンから始まったローレンス家の全ての人間を知っているのだろう。

 だからこそ、この夢魂結びの力に左右されてきた者達が「どうなったのか」を知っているのだ。


 つまり彼女がこの話を持ち出したのは、まだ力の発現も自覚もないアイリスに、足を踏み外してもらいたくはないが故の忠告なのだろうと受け取れた。


「その力はほとんどが自分に降りかかる『何か』からその身を守るために発揮されることが多いと聞いておる。……まだ未発現とは言え、出来るだけ他者には口外してはならぬぞ。お主を利用する者が近づいてくるかもしれぬからな」


「……はい」


 ちらりとクロイドの方を見れば、彼も同様に頷いていた。彼の真剣な表情を見る限り、アイリスの身に関わることを他人へと話すことは絶対にないのだろう。


「あの……。一つ、聞いても宜しいでしょうか」


 それまで黙っていたクロイドが右手を軽く挙げてから、イリシオスへと発言の許可を求める。


「うむ、何じゃ?」


「ローレンス家の人間が持っている『夢魂結び』の力は、過去の魂と交えることが出来るだけでなく、未来視にも関係しているとのことですが……。それは確定した未来を視ることが出来るということでしょうか」


「……」


 クロイドの問いかけにイリシオスは顎を後ろへと引いているようだった。


 その質問をされるとは思っていなかったのかもしれない。イリシオスは少しだけ思案するような表情をしてから、質問に対する返答を始めた。


「……たとえの話として、占い師が未来を詠むことがあるじゃろう」


 イリシオスは空になったカップに、次のハーブティーを注いでいく。再び、立つ湯気は少しだけ昇ってから、空気中へと混じるように消えて行った。


「それはある意味、不確定とも言える未来のことが多い。何かしらの良い事が起きる、悪い事が起きる、それ故にその事案に対して備えよ、というものじゃ。自分の選択次第では、良くも悪くもなってしまうし、事細かく視えるものではないため、かなりあやふやでもある。はっきりと分からない未来であるからこそ、手探りで選択していくしかない。それが不確定の未来じゃ。しかし──」


 ハーブティーを注ぎ終わってから、ポットを長い台の上へと置いて、イリシオスは立ち昇る湯気を伏し目がちに見つめる。


「ローレンス家の人間が視る夢は確定されたものの方が多い。確定されているが故に、迫りくる現実を覆すための力が必要とされる未来じゃ」


「……」


「それは近い未来だったり、数年後だったりと様々じゃろう。どのような理由でローレンス家にはそのような力が備わっているのかは分かっておらぬが……。この家の人間は持っている力が大きい故に、様々な面倒事に巻き込まれやすい性質でもある。だからこそ、危機回避能力とも言える『夢魂結び』の力を持つ者が多くいたのかもしれぬな」


 新しく淹れられたハーブティーで口の中を潤いつつ、イリシオスは更に言葉を続けた。


「未来が見えても……」


「え?」


「たとえ、絶対的な未来が視えたとしても、それを必ず覆せるとは限らぬ。ただの予知夢のような括りにしかならないかもしれない。それでもローレンス家の人間は、絶対的な負の未来を変えるために進んでいた。……もし、アイリスにもこの力がはっきりと発現されれば、迫りくるものを跳ね返すために、絶望する未来しかなくても進んで行くのじゃろうな」


「……」


 この時、アイリスは言葉を返すことが出来なかった。まだ、自分には夢魂結びの力は備わっているとは言い難い。

 夢を見てもどのような夢だったのか、覚えていないからだ。


 中途半端に発現している夢魂結びの力を頼ろうにも頼れないと分かっていた。それならば、最初から当てにするべきではないと思えた。


 自分が信じているものはそのような不確実なものではなく、はっきりと目に見えているものばかりだと知っている。


「……未来は元々、誰にも分からないものです」


 ハーブティーが注がれたカップの水面を見つめつつ、アイリスは膝の上で拳を握りしめる。


 もし、自分に未来を視ることが出来る力があるというならば、魔犬による惨劇など絶対に起こさせなかった。


「視えても、視えなくても……私は、私達は進むだけですから」


「……」


 それがアイリスの今の答えだった。


 この先、夢魂結びの力を手に入れたとしても、きっと変わることは無いのだろう。

 自分はひたすら進むだけだ。最良となる現実を手に入れるために、未来に向けて歩き続けるしかないのだから。

 

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