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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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眠りしもの達

   

「ねえ、アイリスの様子がおかしくない?」


 ミレットが給水塔から覗き込むようにアイリスの様子を窺う。確かにミレットの言う通り、それまで積極的に攻撃していたアイリスの動きは、今は悪霊達から逃げ惑うようにも見える。


「さっきから、剣を振るっていないようですわ」


 ハルージャも不審に思ったのか、首を傾げていた。


「……もしかして、あの子……」


 そこでミレットが何かに気付いたらしく、悔しがるように唇を噛み締める。


「何ですの?」


「……おそらく、アイリスは『人』が斬れないんだ」


 ミレットの言葉をクロイドが代わりに続ける。その言葉に同意するようにミレットが頷き返した。


「多分、悪霊とは言え、元は人間だもの。アイリスは魔物を斬ることに躊躇はしないけど、人に対しては出来るだけ急所を突かないように慎重に戦うから……」


「まあ、随分と腑抜けた話ですこと」


 ハルージャが呆れ顔で肩をわざとらしく竦めながら、深い溜息を吐く。


「確かに彼らは元、人間ですわ。でも、何を躊躇する必要があるんですの。あの人が持っている剣はすぐに浄化できるのでしょう? それなら、さっさと浄化して差し上げれば宜しいのでは?」


「うーん、見た目の問題なのかなぁ? でも、このままじゃ埒が明かないし……」


 ミレットはちらりと頼るような視線でクロイドの方を見てくる。

 しかし、クロイドはミレットの視線に対して、困ったように顔を少し歪めて、首を横に振った。


「……すまない、俺は霊体に対する魔法はほとんど使えない」


 クロイドがアイリスから借りている魔法についての本はほとんどが魔物や悪魔についてばかりだった。それ以外は全て一般的な魔法ばかりであったため、霊体については手を付けたことがなかった。


「あー、もう! 本当に使えない人ばかりですわね!」


 苛立ったようにそう吐き捨てたハルージャがすっと立ち上がる。


「ちょっと、クロイドさん! 結界を張る方を代わっていただけるかしら」


「え? あ、あぁ……」


 どこか強気に見えたハルージャにクロイドは戸惑いながらも返事を返す。


「……全く。これだから、魔力がない人は嫌いですわ。大したことも出来ないくせに、いつもいつも自分に出来ることを模索してばかり」


 突然、悪口のような愚痴を吐き出しつつ、ハルージャは顔を歪める。そして、何か策があるのか、給水塔の梯子を下り始め、アイリスの方へと歩いて行った。




・・・・・・・・・・・・・




「ちょっと、何しているの、ハルージャ! ここは危ないわよ……」


 突然、給水塔から降りて来たハルージャに気付いたアイリスは、すぐに注意したが彼女はお構いなくアイリスの前へと立ちふさがるように出た。


「私、本当にあなたの事が嫌いですのよ」


 棘があるわけではないが、どこか真剣にも取れるような声色でハルージャはアイリスに対して毒を吐く。


「魔力がないくせに、大物顔して。大したことは出来ないのに、いつも誰かの前ばかり立って」


 ハルージャは彼女の魔具である首飾りを取り出して、それを包み込むように両手を組んだ。


「こういう時くらい、専門の人に任せたらどうですの?」


「え?」


 その時、後ろを振り返ったハルージャが一瞬だけ、年相応に笑ったような気がしたのだ。


「まぁ、せいぜい私の後ろで親指くわえて、このハルージャ・エルベートの実力を羨ましく見ているといいですわ!」


 ハルージャが首飾りに魔力を込めたのだろう。

 彼女の両手に包まれた首飾りが淡く光り始める。周りを囲うように浮遊している悪霊達は一瞬だけ動きを止めて、ハルージャの動向を窺っていた。



・・・・・・・・・・・・



「あー……そうだったわ。あの子、祓魔課の心霊専門だもの」


 魔法を使い始めるハルージャを見ながらミレットは、そりゃあ専門だわ、と呟き苦笑する。


「……つまり、悪霊祓いは得意だと?」


「得意ってどころじゃないわ。ハルージャの家はエルベート家と言って、特に悪霊祓いを生業にしている有名な家だもの。普段の性格は悪いけれど、腕は信用していいわ」


「なるほど……」


 それならば、任せるしかないだろうとクロイドは目を細めてアイリスとハルージャを給水塔の位置から見下ろした。



・・・・・・・・・・・・




 ハルージャは仕事をする時の顔なのか、普段よりも真面目な表情をして、ラザリーを見据えていた。


「私、こういう風に霊を扱う人、大嫌いですのよ」


「……あなた、ハルージャ・エルベートね?」


 露骨に嫌そうな顔をしたラザリーにハルージャは満更でもない顔で笑う。


「あら、さすがにご存じでしたの? まぁ、私の家は名家ですもの。あなたのような半端者とは違って、ね」


 いつもの人を馬鹿にするような口調にアイリスは懲りないなぁと肩を落とす。このまま霊的専門に所属している彼女に任せておけば大丈夫だと思うが、あまりラザリーを刺激しないで欲しい。


「でもまぁ、仕方ないですわね。霊をただ、扱うことしか出来ないなんて、力が半端な証拠ですもの」


「何ですって……」


 ふっと、ラザリーの瞳に怒りの炎が宿る。

 ハルージャは本当に人を怒らせるのが得意なのではと思える程の言葉選びに、アイリスは苦い顔をしていた。


「あなたに、今から名家の実力ってやつを見せて差し上げますわ」


 ハルージャの手の中にある首飾りが更に光を増していく。それを嫌うのか悪霊達は先程から、アイリスには一歩も近づこうとはしなかった。


「聖なる光、ね……」


 日頃のハルージャを知っている身としては、彼女に聖なるなんて言葉は似合わないと思っているが実力は本物だろう。これが祓魔の力なのだ。


「――縛された魂たちよ」


 零されたハルージャの声に悪霊達の動きがぴたり、と止まる。


「その身に宿すものは何か。心に灯すものは何か。今一度、その魂に聞く」


 アイリスは静かにハルージャの横顔を見ていた。

 普段、嫌味しか言わない彼女からは想像出来ないような穏やかな顔で、呪文を唱え続ける姿は、黙っていれば聖女のようだ。


「汝らの魂に宿りし、その穢れを聖なる光をもって、光ある道に導きがあらんことを……」


 ハルージャが自分の前で魔法を使うのは初めて見るように思える。そもそも、一緒に任務をする機会の方が少ないので当たり前だが。


「――今こそ、その意志でその身を解き放て!!」


 両手で組むように包んでいた首飾りをハルージャは右手に取って、頭上へと真っすぐ上げる。四方へと白い光が道を作るように輝きだし、その光はこの場を暖かい空気で包んでいく。


「っ……!」


 放たれる光の眩しさに、アイリスは思わず目を瞑る。


 だが、目を瞑る前に一瞬だけ見えたのは、先程まで悪霊の姿をしていた者達が穏やかな表情を浮かべて安堵している姿だった。

 まるで何かから解放され、嬉しそうに笑うその顔はやはり生きている人間と同じものだった。


 やがて光が静まり、アイリスが再び目を開くとその場に悪霊は一人もいなくなった。そして、ハルージャが自慢げな表情で口の端を上げて笑っていた。


「嘘……。あれだけの数の悪霊を……たった一瞬で浄化と除霊を同時に……?」


 ラザリーは信じられないと言うように言葉を零しながら、何もいなくなった周りを見渡す。


「お分かりかしら? これが本当の力の使い方ですのよ?」


 ハルージャは口に手を当てて高らかに笑い声を上げる。やはり、力は本物でも何事にも自信たっぷりなのは変らないようだ。


「アイリスさん、ちゃんと見ていまして?」


「え? あ、うん。あなたの魔法、初めて見たけれど、すごいのね。とても暖かい魔法だったわ」


 アイリスが肯定として頷いた上に、素直に褒めるとは思っていなかったのか、ハルージャは動きを止めて顔を赤くする。


「へっ、あっ……う……、そ、そうですわよね! だって私は誰からも期待されている祓魔師ですもの! そこらの人とは格が違いましてよ!」


 ハルージャは更に高笑いし始めたため、これ以上彼女が調子に乗るような誉め言葉は言わない方が良いだろうとアイリスは程々に切り上げておくことにした。


「はいはい、そうですねー。……それで、まだやるの?」


 アイリスはラザリーを睨むような視線でじっと見据える。さすがの彼女も、もう手持ちの駒がないのか、動こうとはしない。


 全てが終わったと判断したのか、給水塔からクロイドとミレットがカインを伴って降りてきた。


「とりあえず、彼女の身は魔的審査課に任せた方がいいのかしら」


 ミレットの言葉にアイリスも頷く。教団に属していない者が魔法を使った場合、それに対して罰するのは魔的審査課である。


「身柄を確保して、引き渡すということか」


「そうそう。たまに一般人で魔法が使える人がいるから、そういう人にはこっそりと注意したりするんだけれど、彼女の場合は特殊でしょうね」


 ラザリーの魔法は悪霊を生み出してしまう力とそれを操る力を持っているのだ。しかも声一つで魔法を扱うことが出来るため、これは厳重注意どころではないだろう。


「それでは彼女を連れていきましょうか」


 だが、ハルージャの言葉を遮るように屋上の扉が突然開く。




「――その必要はない」


 低くどっしりとした男の声がその場に響く。

 アイリス達は咄嗟に身構えて、声がした方へと体を向けた。


 そこには齢四十に近い男がいたのだ。その傍らには彼の部下なのか、外套を羽織り、顔を見えないようにフードを深く被っている者が控えていた。


 クロイドの表情が何か疑わしいものを見るように鋭く光るのをアイリスは見逃さなかった。


「その者はこちらが探していた者だ。あとの事は我々に任せてくれればいい」


 男は後ろに控えていた者に合図を出して、ラザリーを捕らえ始める。


「どういうことですか、ウィリアムズさん」


 ミレットがすかさず、前に出て抗議する。その名前でやっと思い出した。


 確かこの男はセド・ウィリアムズと言って、魔的審査課の人間だ。

 それにしてはここに来るタイミングが良すぎないかとアイリスは首を捻る。


「実は我々が探していたのは霊ではなく、彼女だったのだ。霊を操る人間がいると聞いて、魔的審査課と祓魔課で浮遊している霊を捕まえれば、彼女と接触できるのではないかと読んでいた。どうやら、正解だったみたいだな」


 何でもなさそうにウィリアムズは答える。ラザリーの顔を見てみるが、何を考えているのか読み取れない表情をしていた。


「一つ、質問いいですか。それって俺達、魔具調査課は全く関係ないですよね?」


 クロイドも引っかかっている部分があったのか躊躇せずにそう告げるとウィリアムズは少し目を伏せてから答えた。


「彼女が魔具を持っている可能性があったからだ。君達、魔具調査課が徴集されたのはそういう理由だ。まぁ、祓魔課の人間と魔具調査課が組んでいるとは知らなかったがね」


 そう言って、ウィリアムズはハルージャの方を見る。ハルージャは気まずそうにその顔をそらした。

 彼女にとっては、あまり魔具調査課と関わっているところを他人に見られたくはなかったのだろう。


 だが、やはり何かが納得出来ないのだ。


 ウィリアムズは何かを隠しているように思えて、アイリスは彼の顔をじっと見つめてみる。するとウィリアムズはアイリスの方に感情のない表情で視線を向けて来たのである。

 その視線が何となく不快に感じられて、アイリスはクロイドの後ろへとすっと隠れた。


「アイリス?」


「……」


「それでは我々はこれで失礼する。任務の協力、ご苦労だった」


 ウィリアムズは顔の見えない部下にラザリーを連れていけと合図する。


「ちょっと待ってください」


 ウィリアムズ達が背を向けた瞬間にクロイドが制止の声を上げ、ラザリーの方へと歩いた。


「魔具に関してはこちらで取り扱います。でなければ『奇跡狩り』になりませんので」


「……そうだったな」


 ウィリアムズはラザリーの方に目配せする。その視線に彼女は観念したのか悪霊達を閉じ込めていた壺型の魔具、「封魂器(ふうこんき)」を取り出して、クロイドに渡した。


 そして、そのまま三人は無言で扉の向こう側へと進んで行った。扉が閉まり、一番に溜息を吐いたのはミレットだった。


「一応、これで任務は終わりみたいねぇ」


「でも、本当は霊を捕らえるのが目的ではなく、ラザリー・アゲイルの確保が目的だったなんて情報は一つも入ってなくってよ! 全く、情報伝達がなっていませんわ!」


 憤慨するハルージャに対して、アイリスはやっと安堵の溜息を吐いた。


「大丈夫か」


 クロイドが顔色を窺って来たため、アイリスは少しだけ顔を上げてから頷き返す。


「……ええ。ちょっと、緊張しちゃって。あまり、話したことない人だったから」


 本当は嫌な気がしたとは何となく言えなかった。これ以上、余計な気鬱でクロイドに心配はかけられない。


「それより、気になることがあったんでしょう?」


「気づいていたか。……セド・ウィリアムズの傍に控えていた部下が香水のようなものを使っていて、鼻があまり利かなかったんだ」


「香水?」


「もしかすると、俺に匂いを嗅がれて、人物を特定されたら困ると思って、使っているのかもしれない」


「それって……一度は会ったことがある人かもしれないってこと?」


「おそらくな」


 だが、匂いを消してまでここに来る必要はあったのだろうか。クロイドに見つけられたくないならば、大人しくしていればいいのだ。


 それにしても、ラザリーが最後まで大人しかったのは何か気になる。

 まさかハルージャに力負けして落ち込んでいるわけではないだろうが、嵐の後のような静けさが不気味に思えたのだ。


「おーい、二人とも。そろそろカインさんを見送るわよー」


 ミレットに呼ばれて、二人は振り返り、カインの方へと近づく。


「皆さんには、本当に色々と助けて頂きまして……。私だけではなく、他の方々も助けて頂きありがとうございました。自分ではどうすることも出来なかったので」


 カインはその場に居る四人の顔を一人ひとり見ながら、深く頭を下げて来る。


「お礼なんていりませんわ。これが私の……いえ、教団の仕事ですもの」


 ハルージャが首飾りを手の中で握りしめる。いまから、カインを見送るのだろう。


「それでは、始めますわよ」


 ハルージャが彼を見送る言葉を次々に詠唱していく。その声はラザリーとは違って、旅立つものを優しく見送る歌のように聞こえた。


 ……聞くなら、こっちの方がいいわね。


 今回は、思いがけずハルージャの普段とは違う一面が見られた。


 また、明日からは嫌味を言われるだろうが、彼女の実力と霊に対応する時だけの思いやりを知っていれば、嫌味さえ可愛いものだと思えるかもしれないとアイリスは小さく笑った。


 ふっと、カインの体が光りだす。もう、お別れの時間だ。


「私が死んだ時も、このように暖かい気分だった……」


 静かにカインが告げる。


「家族に見守られながら逝くことは決して悲しいものではなかった。その気持ちが二度も味わえるなんて、私は幸せ者だな……」


 一瞬だけ、カインが年相応の姿に見えた。白髪で、皺で老け込んで、穏やかに笑う表情にアイリスも微笑を浮かべる。


「――今、穏やかに眠れ」


 ハルージャの詠唱が終わった瞬間、カインは透明な光の粒となって空へと昇っていく。


 最後にありがとうと優しく呟く声が聞こえ、アイリスはその魂が静かに眠るのを最後まで見ていた。


    

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