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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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最初の魔犬

 

 イリシオスは古き記憶を思い出しながら、言葉を紡ぎ始める。


「当時、エイレーンは魔女狩りが行われていると聞きつけ、とある村へと向かった。それはエイレーン達にとっては通常のことで、いつも詳しい情報を収集してからは時間との勝負じゃった」


「つまり、無理矢理に罪を被せられた人を助けるために、エイレーン達は魔女狩りを阻止しようとしていたということでしょうか」


 エイレーン達やローレンス家のことを詳しくは知らないクロイドがイリシオスへと訊ねると彼女は肯定の意味を込めて、首を縦に振り返した。


「村に辿り着いたエイレーンは女性一人を助け、外国へと逃がすことは出来たがもう一人を救うことは出来なかったらしい。間に合わなかったことに対して責任を抱いているようじゃった」


「……」


「しかし、その日、魔女狩りに巻き込まれそうになっていた女性を遠くへ逃がした後に、エイレーンは黒い犬がどこかに向けて遠吠えしている姿を目撃したと言っていた。最初はただの犬のように見えたらしいが、纏う空気があまりにも重く、ただの獣ではないと察したという」


 エイレーンが見かけた黒い犬が魔犬なのだろう。アイリス達はイリシオスの言葉を一言も漏らさないように耳を傾け続けた。


「その犬はエイレーンを無視するようにどこかへと駆けて行ったと聞いている。……だが、この時、仕留めていればとエイレーンは何度も悔いておった」


「それは……何故、ですか」


「黒い犬が走ってきた方向──つまり、背を向けていた方向には魔女狩りが行われていた村があったのじゃ」


「っ……」


 何となく、イリシオスがこの先を告げようとする言葉がどういうものなのか気付いてしまったアイリスはいつの間にか息を飲みこんでいた。


「嫌な予感がしたエイレーンはすぐさま、村へと向かったが……そこは血だまりの海となっていたらしい」


「……」


 隣に座っているクロイドの拳の色が白く染まっていく気がして、アイリスは静かに左手を添える。

 彼もイリシオスの話を聞いて思い出したのだろう、大事な人が目の前で血を流して死ぬ瞬間を。


「生き残っている者はわずかにいたようで、その者達をエイレーンはすぐに手当てした。もちろん、相手には魔法を使っていると覚られないように気を付けながら。そして、話を聞いたところによると、彼ら曰く──突然、黒い犬が襲ってきた、と」


「それが……エイレーンが最初に目撃した魔犬だったということですか」


 震えそうになる声で訊ねるとイリシオスはすぐに頷き返した。


「それまでは『魔犬』なんて魔物はいなかった。わしも長く生きている身じゃが、闇より深い黒毛に金色の目をしている魔物の話は聞いたことはなかった。どういう経緯があって、魔犬が出現し、人を襲ったのかは分からないが……恐らく、わしが知っている中での魔犬の始まりはここじゃろう。そして、いつの間にか『魔犬』という名前に名付けられておった」


 初めて聞かされる発端となるかもしれないその話に、アイリス達は真剣な表情のまま、唾を何度も飲み込んでいた。


「あの……。その後、エイレーンは魔犬を追ったのでしょうか」


 囁くような声色でクロイドがどこか苦しげに呟く。


「うむ。しかし、魔犬はすでに遠くへ行ったようでその後、遭遇することはなかったらしい。エイレーンも生きているうちは二度も見かけてはいないようじゃった」


「そう、ですか……」


「だが、それから時折、黒い犬が人を襲うという事案が起きていた。対象者は誰もが魔力持ちじゃ。しかも、高い魔力を持っている者ばかり狙っておる」


「えっ……?」


 イリシオスの言葉にどこか引っかかるものを感じ取ったアイリスは首を小さく傾げた。


「あの、イリシオス様。魔犬が最初に襲った村の住人達は……魔力を持っていたのですか?」


「いや。魔女狩りによって殺された者は知らぬが、魔犬に襲われたその村の人間は誰しもが魔力無し(ウィザウト)だったと聞いておる」


「……では、魔犬は途中から意図的に魔力を持った人間を襲うようになったということでしょうか」


 クロイドの問いかけにイリシオスは首を縦に振り返す。


「ただ単に人を襲うわけではないようじゃ。何かしらの明確な目的を持って、魔力持ちの人間を襲い、他者へと呪いを振り撒くようになったのじゃろう。……恐らく、人並みの頭脳を持っている魔物だと思われる」


 これらの言葉から分かるのは「魔犬」には、はっきりとした自意識が形成されているということだ。


 ……クロイドも魔犬が人間の言葉を話したと言っていたし、こちらが思っているよりも知能が高い魔物なのかもしれないわ。


 それでも、アイリス達にとってはイリシオスから聞かされる魔犬についての話は十分過ぎる程に有益な話であった。

 いつか魔犬と接触することを臨んでいる以上、敵についての情報は多いに越したことはない。


 恐らく、通常の魔物討伐と同じようにはいかないだろうと予想していた。


 ……でも、イリシオス様の話によればエイレーンよりも以前の時代には魔犬はいなかったということよね。エイレーンが目撃した以降から、魔犬は出没する頻度が増している……。それに襲うのはいつでも魔力持ちで、相手に呪いを付与する──。


 これらの情報から見えるものを探そうとするが、やはりまだ魔犬へと直接辿り着くための材料には足りないのだろう。


 アイリスとクロイドが魔犬に遭遇したのは嵐で、しかも満月とされる日だった。

 確実に魔犬に遭遇するための情報としてはまだ心許ない。


 ……今現在で、クロイド以外にも魔犬によって呪いをかけられた人はいるのかしら。


 親友のミレット曰く、そのような情報は得ていないと言っていた。


 もしかすると、周囲に魔犬の呪いを受けていることを覚られないように隠している可能性もあるだろうとアイリスは考えつつ、ハーブティーで喉の奥に引っかかったものを流し込んだ。

 

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