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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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危惧する加速

 

「クロイド」


 ふいにイリシオスがクロイドの方へと視線を向けて、声をかける。クロイドは瞳を瞬かせながら、イリシオスの方へと身体の向きを少しだけ変えた。


「お主にかかっている魔犬の呪いが完成するまであと数年だと聞いておる。……呪いが進行する様子は見受けられるか?」


 どこか確認するような口調で、イリシオスは静かに訊ねて来る。

 クロイドはそのようなことを聞かれるとは思っていなかったらしく、一度、両目を見開いていた。


「……いいえ、今のところは」


 クロイドは首を横に振ってから答えた。


「体調に不調を感じることは?」


「特にはありません。魔法を使う際には、自身の魔力と魔犬の呪いによって付与された魔力の両方を状況に応じて使っていますが、違和感や不調などはありませんでした」


「そうか……。それならば、まだ時間はあるようじゃな」


「……どういうことですか?」


 アイリスが訊ねるとイリシオスはふっと小さな息を吐いた。


「魔犬の呪いはその者が魔犬になる……つまり、魔物化する呪いじゃ。今のところ、クロイドの意思によって呪いは制御され、自意識は保たれておる以上、呪いは進行しておらぬようじゃな。だが、気を付けよ。……いつ、その呪いが加速し始めるかは分からない」


 イリシオスの言葉にアイリスは眉を中央に寄せつつ、慌てた素振りで聞き返す。


「えっ……? あ、あの……呪いが加速するって……」


「そのままの意味じゃ。魔犬の呪いは十三年ほどで完成するが、本人次第では呪いの進行が加速し、完成するまでの時間が縮むこともあるかもしれぬ」


「っ!?」


 息を吸い込んだのはクロイドだ。初めて聞かされる話に言葉を失っているのかもしれない。


「わしも呪いを受けた者と詳しく話をしたわけではないから分からぬが……。加速してしまえば、自意識を保つことは難しいと聞いている。そして、その意識はだんだんと魔犬の方に引っ張られ、姿も変わっていくらしい」


 気難しそうな表情でイリシオスはそう告げたあと、ふっと顔を上げる。


「もし、呪いが加速していると感じるようであれば、ユニコーンの角を身に着けるようにしなさい」


「ユニコーンの角ですか?」


 何故、唐突にユニコーンなのだろうかとクロイドは首を傾げる。


 ユニコーンとは人目に付かない森の奥深くに生息していると言われている幻獣のことで、アイリスも見たことはない生き物である。

 姿は白い馬のようにも見えるが、細長い角を額に生やしており、性格はかなり獰猛なのだという。


 魔物とは違った分類の生き物であるため、ユニコーンが生息する森には一般人が立ち入らないように結界の魔法がかけてあると聞いている。

 でなければ、近づいてきた人間に危害を加えることもあるからだ。


「ユニコーンの角には解毒や浄化の作用が備わっていると聞いておる。その角を粉にして飲むことも出来るし、お守りとして持つことも有効じゃ。……また、呪いというものに対してどこまで効くかは分からぬが、ユニコーンの角で作った首飾りを持った者に呪いをかけようとしたところ、その呪いが効かなかったという報告を受けておる」


「……」


 ごくり、と唾を飲み込んだのはアイリスとクロイド、どちらが先だっただろうか。瞼を落としながら告げられる言葉にただ、耳を傾き続けた。


「呪いを消し去ることは出来ぬだろうが、恐らく進行を緩めることは出来るかもしれぬ」


「ユニコーンは……確か、教団の規則によって、捕獲することを禁じられていましたよね?」


「うむ。今は個体が少なくなってきておるらしいからな。……それ故に、正式な許可を得た者しか捕獲出来ないようになっている。もし必要となるならば、ユニコーンの角が手に入るように、わしもお主達に手を貸そうぞ」


「……ありがとうございます」


 ユニコーンの角は滅多に手に入らない代物だと聞いている。


 魔具ならば何でも揃うと言われているヴィルの「水宮堂」にさえ、ユニコーンに関する魔具は置いてはいない。


 もちろん、その値段は高いため、乱獲しようとする不埒な輩がいるのも事実だ。そういった者達は見つけ次第、捕縛され罪を咎められるらしい。


 ……でも、出来るなら、ユニコーンの角を必要としないままでいて欲しい。


 クロイドにとってユニコーンの角が必要となった時、それは彼の呪いの進行が加速した時だと暗に告げている。

 そう気付いてしまえば、時間はないのだと改めて自覚してしまう。


 クロイドが完全な魔犬になるまで、あと八年。

 それまでに、自分達は魔犬を倒さなければならないのだから。


 イリシオスはハーブティーを一口、口に含めてから、薄めていた瞳を開いていく。


「……二人は魔犬というものが、いつから存在している魔物なのか、知っておるか?」


「いいえ」


 アイリスとクロイドは同時に首を振り返した。


 人に呪いを振り撒くと言われている魔犬がどのように生まれて、どのように生きているのかは知らないままだ。


「……魔犬が『魔犬』として、魔法使い達の間で名前が上がるようになったのは、数百年前──エイレーン達が生きていた時代からじゃ」


「っ!?」


 自然と膝の上に載せていた拳に力が入る。魔物の発生についてはいまだに解明されていない部分が多い。

 残っている文献を見れば、千年以上前から人に害を成す存在として生きているのは確かだ。


 それでも「魔犬」はまだ、数百年の内に生まれた魔物だという。


「あれはいつの頃だったか……。……そうじゃ、思い出した。確か、イグノラントから少し遠い閉塞的な村に魔女狩りの手が入ったことがあってな。エイレーン達はその対象者を助けるために向かった時だったかのぅ……」


 そう言って、イリシオスは静かに語り出す。

 それはアイリス達の先祖であるエイレーンが初めて「魔犬」と遭遇した話だった。

 



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