お茶会の誘い
とある日の昼下がり、アイリスとクロイドはブレアによって意外な言葉を唐突に告げられる。
「えっ……? イリシオス総帥が私達とお茶を飲みたい?」
「しかも、時計台の塔の部屋で……?」
「ああ、そうなんだ」
食堂でライカと昼食を食べ終わったアイリス達は、魔具調査課の部屋に戻るなり、ブレアから課長室に来るようにと呼ばれた。
ライカのことは先輩達に任せて、アイリスとクロイドはすぐに課長室へと向かうことにした。
新しい任務の通達だろうかと思っていたのだが、待っていたのは予想外過ぎる誘いだった。
課長室に入った瞬間に、開口一番にブレアによって、聞かされた話に耳を疑ったアイリス達は思わず口をぽっかりと開けてしまったほどだ。
何故ならば、教団を取りまとめている総帥、ウィータ・ナル・アウロア・イリシオスからお茶会の誘いが来たからである。
呼ばれたのはアイリスとクロイドの二人のみ。そのため、このお茶会には何か秘められたものがあるのではとつい、勘ぐってしまう。
すると、アイリス達の表情の強張りを感じ取ったのか、ブレアは少し可笑しそうに軽い笑い声をあげた。
「そんなに身構えなくてもいいぞ? 本当にただの誘いだからな」
ブレアはイリシオスの弟子であるため、普段から二人は交流しているらしい。恐らく、その時にこのお茶会の話を持って来たのだろう。
「まあ、あの人にとってお前達は孫みたいなものだから、たまにはゆっくりと話をしたいんだろうな。今まではそんな機会もなかったし」
どこか遠くを見つめるような瞳でブレアはぼそりと呟いた。
イリシオスはアイリスの先祖であるエイレーン・ローレンスが生きていた時代よりも、その昔から生きている不老不死の魔女であることから、姿は少女のままである。
だが、魔女と言っても、本人は過去の事情によって魔力を失っているとのことだ。
そんなイリシオスは普段は、教団の敷地内にある最も高い時計台の塔の最上階、結界が張られた部屋に守られるように住んでいるという。
「……そういえば以前、一緒にお茶でも飲もうと誘われていましたね」
数か月程前にイリシオスと顔を合わせた時に、お茶に誘われていたがすっかり忘れていた。どうやら、イリシオスは覚えていたらしい。
「でも、塔には結界が張ってあるんですよね? 俺達が入っても大丈夫でしょうか……」
「イリシオス先生の部屋まで私が二人を送り届けるつもりだから、安心してくれ。……侵入者防止用の結界はかなり複雑に組み込まれているから、気を抜くと塔の中で迷子になりやすいんだよなぁ。それに正しい順序で通路を歩かないと先生の部屋には辿り着けないようになっているからな」
他人事のようにブレアは呟いているが、恐らく自分の体験談なのだろう。魔力が高い彼女でさえ、気を張っていなければ結界の中で迷子になるようだ。
そんな場所に魔力無しの自分が赴けば、一分も経たないうちに迷子になること決定だ。
「……帰りも迎えに来て頂けるのであれば、そのお誘いを受けたいと思います」
教団内で最も強固と言われている結界の中を簡単には歩けないだろう。
ブレアが言っていた侵入者防止用の結界には防御魔法だけでなく、侵入者の目を欺くための魔法もかけられているに違いない。
そんな場所を簡単に歩くことは出来ないとアイリスはすぐに判断していた。
「いいとも。……それじゃあ、今からさっそく向かうか」
「今からですか!?」
まだ、心の準備が出来ていない。
それよりも、お茶会に誘われたのだから、何か手土産でも持って行った方がいいのではという考えが巡っていく。
「今日はもう、急ぎの仕事や任務はないだろう? それにイリシオス先生が、アイリス達の時間が空いている時ならばいつでも訪ねて来て構わないと言っていたからな」
「ですが……」
「元気な姿を見せるだけで、あの人にとっては手土産みたいなものさ」
にやりと笑いながらブレアがそう告げる。彼女がこのように笑う時はほとんどが決定事項を告げる時だと知っている。
アイリスとクロイドは顔を見合わせてから、納得するように溜息を吐き、ブレアへと頷き返すしかなかった。
・・・・・・・・・・
教団の時計台の塔は約数百年前に建てられた歴史ある建物だ。
だが、時計の部分だけは五十年程前に増設するように作られたのだという。それまでは隣接している教会の鐘の音で時刻を知らせていたらしい。
先日の課長会議の際に初めて塔の中に入ったアイリスだったが、それ以外の用事で来るような場所ではない。
むしろ、入ることが出来る人間が制限されているため、滅多なことがない限り、立ち入らない場所である。
その場所に、アイリスとクロイドは連れられて来ていた。
「それじゃあ、今から塔の最上階に向かうから、しっかり付いて来いよ。はぐれると面倒になるからな」
「はい」
塔の外見は普通の時計台だ。塔内には会議室などの部屋があるが、それよりも上階に位置する場所には結界魔法だけでなく、侵入者を防ぐための魔法も施されているため、ブレアを見失えば簡単には塔の中から出られなくなってしまうだろう。
ブレア曰く、歩いているだけだと、普通の廊下にしか思えないのに、いつの間にか迷宮のようになっているのだという。
塔の中は静かで、自分達以外には誰もいないのではと思える程に物音がしなかった。
聞いたところによると、時計台の塔の中には総帥だけでなく、黒杖司や黒筆司が在中するための執務室や資料室、研究室と言った様々な部屋が置いてあるらしい。
他にも機密とされる情報もこの塔のどこかに保管されているらしく、言わば教団の喉元と言うべき場所だった。それ故に、強固な結界が張ってあるのだろう。
「まずは昇降機に乗って最上階に近い階で降りるぞ」
「昇降機に乗るの、初めてです」
昇降機とは人や荷物を高いところに運ぶための装置である。
このイグノラント王国内では見かけたことは無いが、近隣諸国の高い建物の中には様々な方法によって作動する昇降機があるらしい。
「まあ、この塔の昇降機は水力式や電動式と違って、自身の魔力を使って乗り降りするものだからな。その上、乗りたい人間は魔力をあらかじめ、この昇降機に接続されている魔具に記録させなければ乗れない仕組みになっているんだ」
「えっと、それは……」
「これも侵入者を防ぐためだ。魔具に記録させた魔力と一致しない魔力が注ぎ込まれても、昇降機は作動しないようになっているんだ。また、魔力を魔具に記録させるためには、結構面倒な手順を踏まなければならない。しかも、総帥だけでなく、黒杖司や黒筆司の許可が下りなければ使用は出来ないんだ」
そう言いながら、ブレアは何故か黒い笑みを浮かべる。その理由は次の言葉で判明した。
「だから、総帥に直談判したくても昇降機の魔具に魔力が記録されていない奴はかなりの段数の階段を最上階まで上っていかなければならないんだよ」
「……それは随分と気が遠くなりそうですね」
「そうだろう」
にやりと笑っているブレアだが、恐らく彼女にとって昇降機を使用させたくはない人間が、使用出来ないことを嬉しく思っているのだろう。
……ハワード課長あたりかしら。
アドルファスの性格ならば、何かあるたびに総帥の元へと自ら通いそうな気がする。
だが、昇降機の使用許可が下りていないならば、長く段数の多い階段を上っていくしかないのだろうと、アイリスは遠い目をしていた。




