確かな想い
ライカがエリックに魔力の操作方法を指導してもらって、一時間程が経った。
きっと、初めて自分の魔力を扱うライカは色々と手探り状態なのだろう。それでもエリックはライカに寄り添いながら、一つ一つ助言を与えている。
その甲斐もあってか、ライカは羽根を自身の魔力で三十センチ程まで浮かべられるようになっていた。
「凄いですよ、ライカ君! ほら、一定の高さを保ったまま、動かないでしょう? これはちゃんと魔力の出力が安定している証拠です! 初めてなのにお上手です!」
エリックは自分のことのようにライカを褒めちぎっている。
褒めるのが上手いエリックによって、やる気が十分に引き出されているのか、ライカは照れながらもめきめきと魔力を制御する方法を身に着けているようだ。
「さて、今日はここまでにしておきましょう。この羽根を浮かべるにはそれほど魔力は必要ありませんが、ライカ君にとって魔力を使うことは今日が初めてなので、あまり長く続けると、身体に負担がかかってしまいます」
「はい」
エリックの言葉に従うようにライカは羽根に魔力を注入することを止めた。羽根はふわりとライカの両手に舞い降りて、動かないものとなる。
「ライカ君。良ければ、この魔具を暫くの間、お貸ししますよ」
「えっ?」
エリックはにっこりと笑いながら、言葉の続きを話す。
「確かに私専用の魔具ですが、他者が扱える魔具としても申請しているので、長期間お貸ししても問題はないと思います。なので、お部屋の中で、時間が空いている時に軽く練習してみて下さい」
「いいのですか?」
ライカは瞳をぱちくりと瞬かせながら、エリックに訊ねる。まさか、長期間貸してもらえるとは思っていなかったのだろう。
「ご迷惑でなければ、使って頂けると嬉しいです」
「……ありがとうございます、エリックさん。僕、この魔具を使って、もっと上手く魔力を制御出来るように練習しますね」
ライカは少しだけ顔を上げる。エリックには見えただろうか、ライカの青く光る瞳が。
一瞬だけ見えた青い光は、どこか潤んでおり、眩しいものを見ているように輝いて見えた。
「……あの、エリックさん」
「はい、何でしょうか」
「もし、宜しければ……また、こうやって練習に付き合って頂けませんか」
おずおずとライカから切り出された言葉に驚いたのはエリックだけではない。アイリス達も同様に驚いていた。
何故なら、ライカが誰かを指名して、付き合って欲しいなどと言ったことがこれまではなかったからだ。
エリックもライカから存在を求められたことが嬉しかったのか、ぱぁっと笑顔になる。
「はいっ! 私で良ければ、いつでもライカ君のお手伝いをしますよ」
エリックの答えにライカは嬉しそうにはにかんだ。その笑顔が年相応のものだったため、アイリス達も少しだけ安堵の息をこっそりと吐く。
どうやら、ライカとエリックの関係は良好となりつつある。これはずっと傍で保護者として見守っていなくても、エリックに任せれば大丈夫かもしれない。
ライカとエリックは次に会う約束をしてから、今日の練習はこれで解散することにした。
「ライカ君、今日は初めて魔力を使ったので、夕食をたくさん食べて、ゆっくりと休んで下さいね」
「はい」
「それでは、また。先輩達も失礼します」
エリックはぺこりとアイリス達に頭を下げて来る。
「今日はありがとう、エリック。また今度、ライカのことをよろしくね」
屋上の出入り口となる階段へと向かって行くエリックをアイリス達は見送ってから、ライカの方へと振り返った。
ライカもエリックの背中を最後まで眺めてから、どこか寂しそうに羽根の魔具を優しく両腕で抱きしめている。
「良かったわね、ライカ。エリック、また手伝ってくれるんですって」
「……次にお会いする時までに、せめて五十センチ程、羽根を浮かせられるように、たくさん練習しないといけませんね」
決意したように呟くライカにクロイドは小さく苦笑した。
「練習は大事だが、魔力切れを起こさないように注意するんだぞ? 自分の限界を見極めるのも大事だが、ライカはまだ魔法に関しては初心者なんだから、ほどほどにな」
「はい」
こくりと素直に頷くライカの頭をクロイドは優しく撫でていく。
すると、遠くを見るような瞳で、ライカは呟いた。
「……いつか」
「え?」
「いつか、エリックさんに僕のこの姿を見せることが出来るでしょうか」
「……」
ライカには獣の耳が生えたままだ。魔力が抑えきれない状態であるため、身体に深く影響を及ぼしているのだろう。
「もし、見せたとして……。あの人は今日みたいに僕に、笑ってくれるでしょうか」
それまで、ライカが彼自身の姿を嘆いたことはなかった。ただ淡々と自分の身に起きたことを受け止め、その上で前に進もうとしている。
魔具調査課の先輩達はライカの事情を詳しく知っているし、彼らの性格上、人を蔑むようなことはしない。
そのため、ライカは誰かからの冷たい視線に慣れていないのだ。
もちろん、そのような視線が届かないようにアイリス達が配慮しているが、その気にかける行為がライカにとっては新たな障害となりえたのかもしれない。
親しくなりたいと思える人がいても、本当のことを言えないのは辛いだろう。
それはアイリスもクロイドもお互いが相棒となった時に身に覚えがあることだった。
「……ライカはエリックと親しくなりたいのね」
アイリスが訊ねるとライカはぎこちなく首を縦に振り返した。
「それなら、ちゃんと話をしないといけないわ。私達からあの子に話してもいいけれど、それでは意味がないもの」
ライカの真正面へと立ち、アイリスは視線をライカへと合わせた。戸惑うように揺れている瞳と視線が交わる。
「あなたがエリックと親しくなりたいならば──その姿を自分から見せたいと思ったならば、ちゃんと面と向かって話しをするべきだと思うの。……確かに自分から全てを話すのはとても緊張するし、勇気が必要なことだと思うわ。自分を受け入れてもらえるか分からないって、とても怖いことだもの」
アイリスの呟いた言葉に、視界の端に映るクロイドの肩が軽く揺れた気がした。彼も同じように思っていたことがあったのだろう。
「でもね……。その分だけ、そこには相手に対する確かな想いが詰まっているのよ」
「想い……」
「そうよ。ライカが、エリックと仲良くなりたいという、大事な想いよ。だからこそ、あなたの言葉で伝えるの。そうすれば、きっと伝わるはずよ」
「……」
ライカは手元にある白い羽根をじっと見つめている。アイリスはふっと、微かに笑みを浮かべてから、ライカの肩を優しく叩いた。
「大丈夫。あなたの想いはきっとエリックに伝わるわ。エリックも随分とライカのことを気にかけていたようだし」
「そう、でしょうか……」
ぴくりとライカの肩が動いたのが見えた。どうやら、こちらが思っているよりも随分とエリックのことを気に入っているらしい。
「……僕、今度エリックさんの前で、このローブを脱いでみようと思います。どんな反応が返ってくるかは分かりませんが、それでも……」
決意したのか、ライカはふっと上を向く。上を向いた時のライカは強い意思を心に宿した時だと知っている。
「それでも、僕は自分の本当の姿について、あの人に話したいんです」
ライカは少しずつ強くなろうとしている。
だが、彼の心が時折、静かに揺れるのは傷付くことを恐れているからだ。それは決して恥ずべきことではない。自分を守るには大事なことだ。
けれど、ライカはその心を持ったまま、彼は一歩ずつ、前に踏み出そうとしている。
今日もまた、ライカは少しずつ成長していくのだ。そのことを実感したアイリスは、弟のような存在となったライカを慈しむような瞳で見つめていた。




