重ねた姿
すると、先程まで本棚を見上げていたライカが様子を窺うような素振りを見せながら、こちらへと戻って来る。
「あ、もしかして、こちらの方が?」
エリックは自分よりも少しだけ背が低いライカに、丸い瞳を向ける。
「先日、魔具調査課に入った、ライカ・スウェンよ。ライカ、この子はエリクトール・ハワード。私達とは部課が違うけれど、親しくしている後輩なの」
「は……初めまして。ライカ・スウェンです」
ライカは少しだけクロイドの背に隠れつつ、エリックに向けて挨拶の言葉を告げる。
彼女は初対面の相手や上司などにはかなり怯えた様子で接してしまう臆病な性格だが、ライカと顔を合わせて大丈夫だろうか。
しかし、意外にもエリックはライカを目の前にして、にこりと笑った。
「初めまして。エリクトール・ハワードです。エリックと呼んで下さい」
「は、はい……」
「えっと、ライカ君とお呼びしてもいいですか?」
「どうぞ……」
想像以上にライカと会話が出来ているエリックにアイリスとクロイドは驚きで瞳を瞬かせてしまう。一か月程前とは、大きな変わりようだ。
「……人見知りが激しいかと思っていたが、随分と人に慣れたんだな」
クロイドが感心したようにそう告げるとエリックは肩を少しだけ揺らしてから、首を横に振った。
「ま、まだまだです。何とか、人に慣れようと積極的に自分から話しかけたりして、練習はしているのですが……」
「それでも自分を変えたいと思って行動しているだけでも十分凄いと思うわ」
「そ、そうでしょうか……」
エリックは気恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑っている。
だが、以前と比べれば、今のエリックがどのくらい成長しているのかよく分かる程に、積極的にライカに話しかけているように見えた。
少しずつ自分に自信を持って欲しいと願いつつも、アイリス達は今後のエリックを見守ることにした。
「なるほど、それでライカ君は魔力が制御出来るようになりたいんですね」
「はい。今はアイリス姉さん達に教わっている最中なんです」
どうやらライカとエリックは性格が合うようで、小声で会話を続行しているようだ。
エリックもライカのことを課長か、もしくは他の誰かから詳しく聞いているのか、ライカのフードの下の顔を見ようとはしてこなかった。
そして、ライカの容姿についても話題に触れてこないので、ライカとしても歳が近くて話しやすいのかもしれない。
「もし宜しければ、私もライカ君の魔力制御のお手伝いをしましょうか?」
「え?」
「私物なのですが、魔力を制御しながら操作することに適した魔具を持っていまして。ライカ君さえ良ければ、お貸ししますよ」
ライカは瞳を瞬かせてから、アイリス達の方へと困惑した表情を向けて来る。借りてもいいのか、分からないと言った様子にアイリスは苦笑してから頷き返した。
「いいんじゃないかしら。それにエリックは魔法に関して、豊富な知識を持っているから、良い先生になると思うわ」
「あわわ……。そんな恐縮過ぎる言葉を言われたのは初めてです……」
照れているのか、更に頬を赤らめているエリックをライカはどこかきょとんとした表情で見つめている。
「ライカ?」
「えっ? ……あ、すみません。えっと、では、エリックさん。どうぞ宜しくお願いします」
「はいっ。この後、時間が空いているようでしたら、今からお付き合い致しますよ。私も今日は急ぎの仕事も任務もないので」
「それなら、さっそく教団の屋上に向かうか」
「分かりました。それでは私も一度、自室に戻ってから、魔具を持ってきますね」
失礼します、と一言告げてからエリックは本を抱えたままその場を立ち去って行った。
「……」
エリックの後ろ姿をライカはどこか、呆けた表情で眺めている。一体、どうしたのだろうか。
「ライカ? エリックがどうかしたの?」
「へっ……? ……あ。えっと……」
どうにも歯切れが悪い返事である。
「あの……。エリックさんが……」
「エリックが?」
「似ていないはずなのに、どこか似ているような気がしたんです」
ライカから返された言葉に、アイリス達ははっとする。それが誰を示している言葉なのかすぐに理解出来たからだ。
「歳が近いですし、髪色も似ていたからかもしれませんが……。僕を気にかけてくれる表情や声色が少し、似ている気がしたんです。……って、何だか僕が姉離れ出来ていないみたいですね。エリックさんにも失礼ですし」
乾いたように小さく笑っていたが、ライカはすぐに何かを我慢するように飲み込んでいた。
「……思い出して、エリックに会うのが辛いようならば、無理しなくてもいいんだぞ?」
クロイドが目を細めながら、ライカの背中を軽く叩く。
「いいえ、辛いとは思いません。似ているだけで重ねてしまうなんて……ただ、僕はまだ成長出来ていないなって実感しただけです」
苦笑しながら、ライカはふっと顔を上げた。
「エリックさん、優しくて、とても良い方ですね。穏やかですし、話しやすいです」
フードの下から見える表情に翳りはない。無理はしていないようなので、アイリスは内心、安堵していた。
「ええ、とても良い子よ。きっと、ライカも仲良くなれると思うわ」
アイリスがそう答えるとライカは嬉しそうにふっと笑った。
……大丈夫か、と問いかけても、ライカはすぐに大丈夫だと答えてしまう。
それでもライカが自分なりに進もうとしているならば、自分達はその背中をそっと支えるだけだ。
小さい背中が、少しずつ大きくなるまで。
自分達は彼の傍で見守ると決めたのだから。




