大図書館
魔具調査課からウェルクエントが帰ったあと、アイリス達はライカを連れて、大図書館へとやってきていた。
オスクリダ島に居た頃は、学校に新しい本が入るのを楽しみにしていたとライカが言っていたため、本がたくさん並んでいる大図書館に連れて行けば、きっと喜ぶだろうと思ったからである。
案の定、大図書館の中へと足を踏み入れたライカは瞳を輝かせ、右を見たり、左を見たりと忙しそうに視線を巡らせていた。
大図書館には一度の人生だけでは読み切れないほどの量の本が揃えてある。
魔法に関する専門書から、他の分野の専門書、そして世間で売られている娯楽に分類される小説も取り寄せられているので、読みたい本のほとんどがこの場所で手に取れるのだ。
アイリスも時間がある時は、専門書や実用書だけでなく、物語としての小説も好んで読んでいた。
「興味がある本があったら、遠慮なく手に取ってもいいのよ。高くて手が届かないようだったら、踏み台を使うといいわ」
「……たくさんありすぎて、どれから手を出せばいいのか迷ってしまいますね」
フードの下でふにゃりと笑顔を見せるライカは本当に心の底から、大図書館の空気を楽しんでいるようで、身体がうずうずと動いて見えた。
自分の身長よりも高い本棚を見上げては、感嘆の溜息を吐いている。大図書館には地下にも膨大な本が並んでいるとライカに伝えたならば、更に驚くに違いない。
「……何だか、弟を持った気分だ」
きょろきょろと辺りを見渡しているライカを見つめながら、クロイドがぼそりと呟く。その瞳は穏やかに細められていた。
「あら、二人目の弟?」
「アルは確かに弟だが、しっかり者過ぎるからな……。今更だがもう少し、兄として甘やかせることが出来れば良かったなと思って」
クロイドの双子の弟であるアルティウスは確かにしっかり者だが、かなりお茶目な性格をしている。
以前、王宮潜入での任務の際にアルティウスと会ったことを思い出して、アイリスは小さく息を漏らすように笑った。
「でも、弟としてはお兄ちゃんには甘えたいものなんじゃないかしら。頼れる上に、密かに憧れている兄ならば、尚更だと思うわ。ただ、気恥ずかしくて、そのことを口と態度には出してはいないだけよ」
「……そういうものか?」
「ええ、きっと。まあ、甘えるのが上手く出来ない弟妹もいると思うから、そこはやっぱり兄と姉の腕の見せ所よね」
弟妹のおねだりやお願いをつい、聞いてあげたくなってしまうのもはや、兄と姉に生まれた者の性なのかもしれない。クロイドは恐らく、それが備わっているのだろう。
アイリスとて、年下の者から頼られたり、お願いされるとすぐに耳を傾けてしまう。
二人でライカを見守っていると、すぐ傍から知っている声が遠慮がちにかけられた。
「──こんにちは。アイリス先輩、クロイド先輩」
大図書館の中に居るからなのか、普段よりも小さな声量で声をかけてきたのは、魔的審査課に所属しているエリクトール・ハワードだった。
「あら、エリック。武闘大会以来ね」
エリックと顔を合わせたのは二、三週間ぶりだろう。武闘大会の後はそれぞれの課では後片付けに追われていたし、次の任務を受けたアイリス達は、一週間程は教団の外にいたので顔を合わせることはなかった。
見たところ、元気にしているようで何よりだ。
「はい、先日ぶりです。……大図書館内で会うなんて、初めてですね。お二人も探し物ですか?」
エリックの両手には分厚い本が三冊程抱えられていた。彼女も何か調べるために大図書館にやって来ているらしい。
本当に勉強熱心だと感心するが、彼女の本質を理解して、見抜けている人間の方が少ないため、そのことだけは少し惜しいと感じていた。
それでもエリックは自身の努力はまだ足りないと感じているようで、人から見えないところで密やかに努力し続けているのだろう。
入団当初、本人は魔法課に所属したいと思っていたようだが、今は彼女なりに魔的審査課の団員として、背を伸ばして仕事をしているようだ。
「魔具調査課に入った新人の団員に、大図書館を案内していたの」
「新人……。あ、もしかして」
エリックはアイリスの言葉に該当する人物を知っているようで、ぱちくりと瞳を瞬かせた。
「確か、ライカ・スウェンという方ですよね。叔父さん、じゃなかった……ハワード課長が不機嫌な顔で、団員達に特例で入団した新人が魔具調査課に入ったと言っていました。十二歳の男の子だと聞いています」
やはり、アドルファスは会議での不機嫌さをそのまま魔的審査課に持ち帰ったらしい。
課内で指揮するべき人間が、私情を表に出したままでいいのかと本当に不安に思ってしまう。
魔的審査課は早く新しい課長に変わった方がいいのではないだろうかと思うのは、余計なお世話なのかもしれない。
それでも課長会議がある度に、毎回ブレアが疲れ切った表情をしているのを見てしまえば、嫌味を言わない課長に代わって欲しいと、そう願ってしまうものだ。




