揺れない瞳
その日の昼過ぎ、ウェルクエントが魔具調査課に訪ねて来る予定だったので、アイリス達はライカと一緒に課長室で待つことにした。
同席しているのはブレアだけで、他の先輩達は席を外してもらっている。
すると、やがて足音が近づいてきて、課長室の前で立ち止まる。ノックを三回、叩く音の後に聞こえたのは先日、耳に入れた声と同じものだった。
「入っていいぞ」
ブレアがすぐに返事を返すと、黒い外套を羽織っている黒筆司──ウェルクエント・リブロ・ラクーザが課長室へと入って来た。
「失礼します」
歳は近いがそれでも立場上はウェルクエントが上司である。ソファに腰かけていたアイリス達が立ち上がろうとしたが、ウェルクエントはそれをすぐに制した。
「どうか、お気になさらず。ああ、お茶なども結構なので」
そう言われてしまえば、従うしかないだろう。アイリスは再びソファの上へと座り直して、真向かいのソファに座ったウェルクエントへと視線を向けた。
「来るまでに随分と時間がかかったな。お前のことだから、翌日には訪ねて来ると思っていたが」
ブレアが小さな溜息を吐きながらそう告げると、ウェルクエントは苦笑しながら頷き返した。
「色々と仕事が溜まっていまして。本当はもう少し早くに訪ねたかったのですが、遅くなってしまって申し訳ないです」
さて、と言ってからウェルクエントはアイリス達の間に挟まるように座っているライカへと視線を向ける。
ライカは少しだけ緊張しているのか、獣の耳はぴんっと立ったままだ。
「初めまして、ライカ・スウェン。君の後ろ盾の一人となりました、ウェルクエント・リブロ・ラクーザと申します。どうぞお見知りおきを」
「初めまして。今日はどうぞ宜しくお願い致します」
ライカはウェルクエントに向けて真っすぐに頭を下げる。
ウェルクエントはまじまじとライカの姿を見つめてはどこか納得するような表情を浮かべて頷いていた。
「なるほど。魔力を宿しても、その魔力が必ずしも安定しているわけではないようですね。そうなると、使いこなすためには本人の努力が必要となるのでしょう」
どうやら、ライカの姿を一目見ただけで、察したらしい。それからウェルクエントは少しだけ表情を和らげてからライカへと訊ねた。
「ライカ君とお呼びしても?」
「はい」
「では、ライカ君にお聞きしたいことがあります。今から、僕は君にとある封印の魔法をかけるつもりなのですが、その魔法については詳しい説明は受けていますか?」
「ブレア課長達に話を伺っています」
「そうですか。それなら説明の手間は省かせて頂きます。……それで僕からの質問はですね──もし、君の身体に宿っている情報をこちらで抽出して、普通の人間に戻るための相反魔法を作ることが出来れば……その魔法を受けたいと思いますか?」
「……」
ウェルクエントからの申し出にライカは目を瞬かせていた。
この件はライカが決めるべきだということで、自分達もブレアも口出しをしないように決めている。その場に静けさが流れていたが、やがてライカが口を開いた。
「いいえ、受けたいとは思っていません」
「ほう」
ウェルクエントは意外だと思っているのか、少し身体を仰け反らせてから、頷き返した。
「可能性は低いかもしれませんが、相反魔法が完成すれば、君の身体も元の魔力無しに戻ることだって出来るかもしれませんよ。それでも受けるつもりはない、と?」
「はい」
迷うことなく返事を返しているライカの瞳は揺らいではいない。それは彼の意思が強く表れている証拠だった。
「ふむ……。理由を聞いてもいいかな?」
情報収集のためなのか、単なる好奇心からなのか、ウェルクエントは穏やかな表情で訊ねて来る。
アイリスは内心、ウェルクエントがライカを傷付けるような発言をしないか、はらはらしていた。
「僕自身が魔力を必要としているからです」
淀みなどない瞳でライカは真っすぐに答える。
「この身体が……宿っている魔力が、違法な方法で生まれたものだと分かっています。ですが、今の僕にとっては、絶対に必要なものだからです」
「……魔力を得た君は何をしたいのかな?」
緩やかな尋問と言うべきか、ウェルクエントの細められた瞳が答えを知りたいと問うていた。
「自分で立って、生きていけるようになりたいんです。自分だけでなく、自分が大切だと思えるものを守れるように、強くなりたい。それが、僕が魔力という力を求める理由です」
その答えは彼がどのような思いで導き出したものだろうか。
強く決心したライカはただ、前だけを見据えているように見えた。
「……ブレア課長。あなたの元には何だか似たような子ばかりが集まりますね」
ふっと漏らすように笑みを浮かべつつ、ウェルクエントはブレアへと笑いかけた。
「自分の意思をはっきりと持って、進む奴が私は好きなんだ。見ていると応援したくなるからな」
ブレアもどこか自慢げに言葉を返す。
どうやら自分達の話をしているらしいと気付いたアイリスとクロイドは顔を見合わせてから、少しだけ気恥ずかしげに首を竦めた。




