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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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強さを求めて

 

「それと、先輩達から魔具調査課の任務については聞いたかしら」


「はい。……世に出回っている魔具を回収することが任務だと。あと、教団に魔法使いとして登録していない者が持っている魔具も回収しなければならないと伺いました」


 何かを思い出すような素振りをしながら、ライカははっきりとした声で答えた。


「ええ、そうね。……でも、まだあなたには任務は任されないと思うし、しばらくの間は魔力を制御して、魔法を扱えるように練習していきましょうね。それと魔法の勉強もしっかりとしていきましょう。この教団では、魔法や魔具を扱うためには資格が必要なの」


「わ、分かりました。出来るだけ、早く覚えられるように頑張ります」


 どこか緊張気味に答えるライカにクロイドが小さく苦笑した。


「焦らなくてもいいぞ? 自分の速度で覚えていけばいいんだからな。俺達もライカの速度に合わせて、魔法を教えていくつもりだから」


「はい。……でも僕、強くなりたいんです」


 静かに呟く言葉には力強い意思が込められていた。表面上は隠していても、心の中では自分の力不足を嘆いているのだろう。


 ……ライカは少し前の私に似ているもの。


 過去に戻ることは出来ない。それならば、自分が望むものを得られるように強くなって進むだけだ。


 そう信じ続けていた頃のアイリスとライカが重なって見えたのだ。──それでも。


「……力を求め過ぎては、いつか自分の身を滅ぼしかねないわ」


 アイリスは少しだけ自嘲気味にライカへと言葉を告げる。


 そして、腕を覆っているシャツの袖を少しだけ捲ってみせた。そこに刻まれているのは薄っすらと残ったまま、消えることのない傷だ。

 痛みはなくても、この傷が生まれた経緯はしっかりと覚えていた。


「それは……」


「鍛錬と魔物との戦闘によって出来た傷よ。……ある程度の傷ならば、魔法で塞がってもとに戻ることもあるけれど、こうやって目に見えた傷として残ることもあるわ」


 アイリスはシャツの袖を再び戻してからライカへと視線を向ける。


「あなたが強くなりたいと思う気持ちが私にはよく分かる。でも、私と同じにはなって欲しくはないの」


「……」


「私も強い力を求め過ぎて、自分の身体や命を省みなかったことが多くあったわ。……自分のことを大切にしないまま、突っ走っていたの」


 クロイドの視線が自分へと刺さってくるのが分かる。

 彼と出会った当初の自分は、自分自身のことを大事にしない人間だったと今ならばはっきり言える。


「押しつけるようなことはしたくはないけれど、ライカには自分の身体だけじゃなく、心も大事にしながら生きて欲しいの。……でなければ、本当の意味で強くなんてなれないわ」


 強さとは力だけではない。心も持ち方も自身の強さに繋がっている。そのことをライカには理解して欲しかった。


「……分かりました」


 ぎこちなくだが、ライカはこくりと頷き返す。

 今はまだ、納得出来ないかもしれないが、少しずつ分かってくれればいいと思う。


 もし仮に彼が道を踏み外しそうになったならば、静かに諭したいと思う。自分が、今までクロイドやブレアによって、生き方を諭されたように。


「……でも、あなたが得たいと思っていることは何でも教えるつもりよ。例えば……魔法だけじゃなく、剣術や体術、それに学校での勉強も教えたいと思っているの」


 ライカはオスクリダ島に住んでいた頃は学校に通っていたが、今は魔力を制御出来ていないことから獣の耳と手足になっているため、近場のセントリア学園への通学は出来ないだろうと思われる。


 そのため、出来る範囲でライカに勉強を教えて行こうと先輩達とこっそり話し合っていたのだ。


「そんなに……教えてもらっていいんですか」


「ええ。あなたが望むことを私達は教えるわ」


 瞼を瞬かせていたライカの両目はやがて、潤んだものへと変わっていく。しかし、涙を見せたくはないのか、彼はすぐに俯いてから、両手の甲で涙を拭っていた。


「ありがとうございます……」


 そして、ばっと顔を上げてから、ライカは頬を少しだけ赤く染めたまま、こちらを窺うような視線を向けて来る。


「あの……」


「何かしら?」


「もう一つだけ、お願いを……してもいいですか」


「いいわよ」


 どんなお願い事だろうか。ライカはそのお願い事を口にすることに緊張しているようで、何度も口を開いては閉じている。

 アイリスとクロイドはライカの返事をゆっくりと待つことにした。


「あ、アイリス姉さんと、クロイド兄さんって呼んでも……いいですか」


「……」


 上目遣いでライカは懇願するような幼い表情をこちらへと向けて来る。


 胸の辺りを突然、ぎゅっと掴まれたこの感覚を何と呼べばいいのだろうか。正しい表現方法が見つからないまま、温かな気持ちがじんわりと溢れてくる気がした。


「もちろんだ」


 即答したのはクロイドだった。どうやら、兄さんと呼ばれることに双子の兄である彼も多少の憧れを抱いていたらしい。


 顔を見れば、遠い目をしつつも何かを噛み締めているような表情をしていた。これはかなり喜んでいる。


 ……もしかすると、ライカはリッカと私達を重ねているのかしら。


 しかし、もう、呼ぶことは出来ない姉の代わりを探しているようには見えない。ただ純粋に、そう呼びたいとライカが思ったのだろう。


 頼りたいと思っている存在に、心を許すことが出来るならばそれはいいことだと思う。

 アイリスもすぐに頷き返した。


 ライカは安堵した表情を浮かべてから、にこりと笑う。無邪気な子どもそのものの笑顔に、再び胸が締め付けられそうになったことは秘密だ。


 ……これは別の意味で変な虫が付かないように私達が注意しておかないといけないわね。


 あとで先輩達にも、ライカに変な虫が付かないようにしっかりと見守っていて欲しいと伝えておいた方がいいだろうとアイリスは心の中で強く決心していた。

 

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