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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
知湖の取引編
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新しい居場所

 

 教団へとやって来たばかりで魔具調査課の先輩達に慣れていないだろうと気にかけていたが、部屋に戻ってみれば先輩達の中に混じって談笑しているライカの姿があった。


「あ、お帰りなさいー」


「会議、お疲れ様でした」


 魔具調査課に入れば、先輩達が和やかに挨拶してくる。その輪の中に入っているライカは皆に可愛がられる弟のように見えた。


 ライカの表情は少しだけ柔らかく見えたので、恐らく先輩達と接することに慣れたのだろう。本当に順応力が高いと感心するばかりだ。


「どうでしたか、会議は」


 ナシルがすぐにブレアへと訊ねて来る。


「喜べ! ライカには無事に、入団許可が受理されたぞ! 今日からライカは魔具調査課の一員だ!」


 ブレアが胸を張って、満面の笑みでそう答えると先輩達は両手を上げて喜び始める。


「やったー!」


「よっし、新しい後輩獲得だーっ!」


「今夜は宴だー! 歓迎会だー!」


 先輩達はよほど、ライカが魔具調査課に入れたことが嬉しいのか、次第にライカの頭をもみくちゃにし始める。

 たまにユアンがライカの耳を触っていたがすぐにレイクによって叩き落されていた。


「歓迎会は後日だ! ……ライカだけでなく、アイリス達も疲れているだろうからな」


 そう言って、ブレアは先輩達を軽く窘めていた。


「そうですね。では、宴用の食材などはまた後日に買い出しに行くとしましょう」


 魔具調査課の中では常識人の一人とも言えるセルディがすぐに頷き返す。やはり、今回の歓迎会の宴も彼が料理を作るのだろうか。


 歓迎会では何の料理を作るのか、また酒はどんなものを用意しようか、出し物は何にするかなどを楽しげに話している先輩達の傍から、ライカがすっと離れてアイリス達のもとへとやってくる。


「あの……僕のことが会議で話されていたんですよね? ……ありがとうございました」


 深く丁寧に頭を下げるライカに対して、ブレアは苦笑しながら右手を横に振った。


「そんなに大したことはしていない。……ただ、私は選択肢を増やしたかっただけなんだ」


「選択肢ですか?」


「ああ。ライカ、お前がこれからどう生きるかはお前次第だ。その一歩となる場所を確保したかっただけなんだよ」


 ブレアはふっと笑ってから、ライカの頭を撫でた。ライカもブレアの言葉から何かを感じ取ったのか、すぐに口を結んでから、こくりと頷き返していた。


「それと、お前にもう一つ話しておかなければならないことがある」


「はい、何でしょうか」


「お前が持っている、魔力を魔力無し(ウィザウト)に宿す、という情報の管理についてだ。……ライカさえ良ければ、その情報を他人に悪用されないように封印しておきたいんだ」


「えっと、僕の記憶を封印するということでしょうか?」


 こてん、と首を傾げながら訊ねるライカにブレアはすぐに否定の言葉を返す。


「いや、違う。正確に言えば……。ライカを害そうとする者から守るための魔法をお前にかけておきたいんだ。その魔法をかけておけば、情報を手に入れようと悪意ある者が近づいてもお前に触れることが出来なくなるというものだ」


「つまり、僕は意思を保ったままの状態で防御のような魔法をかけられる、ということですね? 僕が持っている情報が相手に抜き取られないように」


「飲み込みが早いな……。まあ、そういうことだ。……どうだ? 無理をしなくても良いんだが……」


「受けます。お願いしてもいいでしょうか」


 即答で答えるライカにブレアはふっと息を吐いてから頷いた。


「分かった。では今度、封印の魔法を施してくれる魔法使いを連れて来るよ」


「はい、宜しくお願いします」


 ブレアはさっそく、ウェルクエントにライカから了承を得たことに関する連絡を入れるつもりなのか、課長室へと向かって行った。


 きっと近いうちに、ウェルクエントが魔具調査課を訪ねて来るだろうと思っていると、ライカが一歩アイリス達へと近づいてくる。


「あの……」


「ん? どうかしたのか?」


「えっと、ですね……。皆さんは、それぞれ自分の寮の部屋を持っていると聞いたのですが……」


「ああ、その話か。ライカの部屋もすぐに用意してもらえると思うぞ」


「多分、クロイドの隣の部屋になると思うわ。もし、何かあればすぐにクロイドを訪ねるのよ?」


「は、はい。それで、ですね……」


 まだ、聞いておきたいことがあるらしい。ライカはどこか遠慮がちに口を開き、顔を上へと上げた。


「あの、もし……許されるならば……。今日は、誰かと一緒に、寝たいのですが……」


 開かれた口から零された言葉に、先に衝撃を受けたのは自分とクロイド、どちらだっただろうか。


「だ、駄目でしょうか……。初めての場所だと、少しだけ緊張してしまって……。知っている方が傍にいれば、眠ることが出来ると思うのですが……」


 ライカは頬を少しだけ赤く染めている。それだけではなく、彼の獣の耳はぺたんと折りたためられたように閉じていた。

 言葉にするならば、「可愛い」の一言だろう。


 ここ数日、子どもらしい表情や態度を見せることなく、毅然とした様子だったがやはり無理をしていたのかもしれない。


 アイリスとクロイドは同時にライカの頭に手を置いて、そして大げさに撫で始める。


「わっ、あ、あの……」


「ライカ、いいんだぞ。もっと甘えても」


「そうよ。他にして欲しいことはない? あ、お腹が空いているでしょう? あとで一緒に食堂に行きましょうね。そして、デザートも食べましょう。ええ、好きなだけ食べるといいわ。お腹いっぱいになるまでっ!」


 早口で言葉を告げつつも、ライカの頭を撫でる手は決して止めない。


「やはり、ここは俺の部屋でライカを寝かせるのが妥当だと思うのだが……」


「くっ……。確かに私の部屋は女子寮だもの。ここはクロイドに譲ることにするわ」


 するとそこへ、先輩達が加わってくる。どうやら歓迎会についての話し合いは終わったらしい。


「それなら、俺もライカと一緒に寝るの、立候補!」


「あっ、ずるいわ、レイク! 私だって、一晩中、ライカ君を可愛がりたい!」


「俺の部屋でもいいよ。お互いに体型が変わらないから、二人でベッドに寝ることも出来ると思うし」


「こういう時、身体が小さいと便利そうだよなぁ」


 再び、はしゃぐように言葉を交わす先輩達にライカは少しだけ目を瞬かせている。


「え、えっと……」


 戸惑っているようだが、それでも表情からは暗い影は見られなかった。


 先輩達は今晩、誰がライカと一緒に寝るか、という話について盛り上がっていたが、その光景を見て、ライカはやっと小さく噴き出していた。


「……温かいなぁ」


 ぼそりと呟かれる言葉は穏やかだった。それでも、確かに嬉しさが込められていた。


 ここが、ライカにとっての新しい居場所として少しずつ成り立っていけばいいと思う。


 自分達が立っている世界は決して優しいものだけが溢れているわけではない。それでも、ちゃんと見渡せば、優しさが確かに存在している世界だ。


 だからこそ、人は嘆きの夜明けを求めて、先へと進むのだろう。

 その優しさを次へと渡すために。



 恐らく、先輩達の話し合いは長くなるに違いない。誰もが新しい後輩を可愛がりたくて仕方がないと表情に出ていた。

 そんな先輩達の姿を見て、アイリス達は気が抜けたように笑い合うのであった。




              「知湖の取引編」完


   


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