教団と組織
「……そうか。ならば直接、彼らに聞いた方が早いかもしれないな」
アレクシアは腕を組みつつ、重い息を吐いた。
「なっ……。議長、それは『永遠の黄昏』に話し合いの場を持ちかけるということですか?」
課長の一人が少しだけ慌てたような声色で訊ねるとアレクシアはすぐに頷き返した。
「ここに居る者ならば知っての通り、我ら教団と海をまたいだ国、ブリティオンの組織『永遠の黄昏』は互いに干渉しないようにしている。それは魔法による無益な争いを避けるためだ」
「……まぁ、向こうからはたまに教団へと干渉してこようとする者がいるらしいがな」
アレクシアの言葉に付け足すようにハロルドも溜息交じりに答えた。
……多分、この方達も数か月前にブリティオンからセリフィアが干渉してきたことを知っているわよね。
セリフィア・ローレンスは「永遠の黄昏」に所属している魔法使いだ。彼女がこの国へ訪問したことは個人的な家の用事を果たすためだった。
セリフィアが訪ねてきたことは隠されていたことではないが、この場にいる課長達の中にもセリフィアがアイリス達へと干渉してきたことを知っている者がいるかもしれない。
「ここ最近、『永遠の黄昏』やブリティオンのローレンス家の名前をよく聞くようになっただろう。……先日の教団襲撃の犯人はローレンス家に属している悪魔だった。しかし、あの者が持っている力は並大抵のものではない。……そうなると、やはり背後には組織の影があるのではと疑っている」
「しかし、こちらから話し合いの場を要請して、その誘いに彼らが乗るとは限りませんぞ。……たとえ、両国の間で戦争が行われていなかったとしても、教団と組織がお互いに持っている嫌悪感は一朝一夕では拭えないものです」
イグノラント王国とブリティオン王国の魔法使い達の間で積み上げられてきたのは、交わることのない感情だ。
たとえ、国の取り決めとして不可侵条約が結ばれ、表面的には穏やかな関係性が結ばれているのだとしても、魔法使い達が抱く感情が一日で変わることなどない。
それは遥か昔、ブリティオン王国がイグノラント王国を侵攻しようとしたことも深く関わっているのだろう。
また、それだけではない。
嘆きの夜明け団が創設された理由は魔力持ちも、魔力無しのどちらもが共存し、幸せに生きていける世界を創始者が望んだからだ。
だからこそ、その信条の下、教団の団員達は一般市民を守るために日々、気付かれないように活動している。
そのため、純血統を重んじる魔法使いがいても、決して一般市民に手を出すようなことはしなかった。それは教団の信条に反するからだ。
だが、「永遠の黄昏」は違う。
魔力を持っていた彼らの先祖は異端審問官によって魔女狩りや迫害を深く受けてきたことで、魔力無しに対する憎悪と卑下の感情が強いと聞いている。
以前、セリフィアに会った時にはそれほどの憎しみに近い感情を感じたことは無いが、アイリスが魔力無しと聞くと少しだけ残念がっていたような素振りを見せていた。
つまり、この二つの組織の間には大きな価値観の違いが根付いてしまっているのだ。
そのため近寄ってきたとしても、腹の中に何か思惑を抱いているのではと疑うことしか出来ないのだろう。
また、歴史の中には永遠の黄昏が嘆きの夜明け団を支配下において、利用しようとしていた──といった記録も残っているらしく、刻まれた傷は埋まることなく放置されたままだ。
そのため、こちらから永遠の黄昏に話し合いの場に参加するようにと要請しても、簡単に来ることはないだろうと課長の誰もが思っているに違いない。
「確かに歩み寄ることは向こう側に利をもたらしてしまう機会を与えてしまうかもしれない。だが、これ以上イグノラントの地で、我が物顔で勝手を許すことは出来ないからな。……少々、釘を刺しておいた方がいいだろう」
すっとアレクシアの瞳が細められる。思っていた以上に、彼女はブリティオンの組織、またはローレンス家に対して怒りを抱いているらしい。
「今回、セプス・アヴァールが起こした件を向こうの責任だと訴えれば、それに対して反論するだろう。でなければ、彼らが魔力溢れる世界において秩序を乱しかねない魔法を生み出そうとしていると他国の魔法使いの連合や組合に通達するだけだ」
それは脅し、と言うのではないだろうかと誰しも思っただろう。
だが、罪無き魔力無しの人命が関わっている以上、組織に説明を要求し、何を企んでいるのかを追及しなければならない。
彼らがこの世界を乱そうとしているのであれば、教団だけでなく他国の魔法使いの連合や組合に協力を要請して、「永遠の黄昏」を糾弾することになるのかもしれない。
「……それならば、ブリティオンに近いイグノラントの地に彼らを招いて、話し合う場を設けてみますか」
それまで話を窺っていたウェルクエントがふと提案してくる。
「彼らが話し合いに応じるようであれば、場所を確保しておきますが」
「ああ、では黒筆司の方からブリティオンの組織へと連絡を頼めるだろうか」
「承知しました。……話し合いの場に参加する人選は返事が来てからに致しましょう」
ウェルクエントはすぐに頷いてから、机の上の記録紙に万年筆で文章を綴っていく。
「……それでは、ブリティオンの『永遠の黄昏』と話し合いの場を設けることについて何か異議がある者がいれば、遠慮せずに意見を言って欲しい」
アレクシアは周囲に目配せするが、課長達からはもう意見は出ないようで、誰も手を上げることはなかった。
やはり、ブリティオンがこちら側に干渉してくる理由を知りたいと思う者が多く居るのだろう。
……でも、そう易々とブリティオンが真実を話すとは思えないわね。
恐らく、ここでまたウェルクエントが情報を集めて、上手く話し合いが進むように画策するのだろうとアイリスはふと思った。
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