後ろ盾
「おや……。どうやら課長の半数以上の方が、ライカ・スウェンが入団し、スティアート課長が彼の後見人になることに賛成しているようですね」
室内全体に響くようにウェルクエントはわざとらしく少し大きめの声を張った。ウェルクエントはそのまま声を張った状態で、今度はアレクシアとハロルドの方へと振り返る。
「黒杖司、意見はこのようにまとまりつつありますが、いかがでしょうか」
この場で最大の発言力を持っている黒杖司の二人へとウェルクエントは言葉を投げかける。それはもはや、決定となる発言を求めているように聞こえた。
「ふむ……。ブレア・ラミナ・スティアートがライカ・スウェンの後見人であるならば、何か問題が起きたとしても滞りなく対処出来るだろう」
アレクシアの流れるような褒めの言葉にブレアは軽く頭を下げ返した。
「わしもライカ・スウェンという少年に特例を出して、入団させることに異論はない」
ハロルドによる賛成とも言うべき発言にいち早く反応したのは、先程と同様ハリスだった。
「ですが、叔父上。いくら後見人がいると言っても、ライカ・スウェンが持つ情報源の危険性が解決したわけでは……」
「ふぉっふぉ……。……その辺りはちゃんと、考えておるのじゃろう、黒筆司よ」
ハロルドはハリスの言葉を笑い飛ばし、そしてウェルクエントへと細めた視線を向けた。まるで、何かに気付いているようだ。
「……ええ」
ウェルクエントはにこりと害がなさそうな表情を浮かべてから、再び課長達の方へと視線を向けて来る。
「──私もライカ・スウェンの後ろ盾の一人になりたいと思っております」
先程までの一人称とは変わり、表情は黒筆司という役割と権限を持った人間の表情へと変わった。
……彼が持っている雰囲気が丸ごと変わったみたい。
ごくりと思わず唾を飲み込んでしまう。それ程までに、つい先程のゆったりとした雰囲気がウェルクエントから削げ落ちていた。
だが、ウェルクエントの発言に驚きを隠せないのか、方々からははっとするような声が漏れ聞こえてきた。
「ライカ・スウェン本人から了承を得ることが出来たならば、彼がその身に宿している情報を封印し、悪意ある他者から害されそうになった場合に防御魔法が発動するように、強い魔法をその身体に施したいと思っています」
ウェルクエントの表情は穏やかだ。
しかし、纏う雰囲気はまるで刃のように感じられ、彼よりも歳が上であるはずの者達は反する声など、一つとして上げられずにいた。それほどに、気後れする空気が流れていたのである。
「私個人としまして、黒筆司という役割に身を置いている以上、教団に関係ある情報や記録といったものは全て保管していきたいと思っています。ですが、優先すべきは教団にとって、利となるものの保管です。それは絶対的に安全な状態で守られなければなりません」
その声は穏やかではっきりしているだけだというのに、その場に居る人間全てを己の意思の下に従えようとする隠れた圧力のようなものも感じられた。
「私、ウェルクエント・リブロ・ラクーザの名において、ライカ・スウェンに刻まれた情報の公開を一切、遮断させて頂きます。これは課長の誰であっても、手を出せないものとします。もし悪意を持ってライカ・スウェンに手を出そうとすれば、私のもとに彼へと手を出した者の情報が直接的に伝達すると心得ておいて下さい」
「っ……」
小さな舌打ちが聞こえたが、ウェルクエントはそのまま無視をして話を続けようとしていると、すぐに祓魔課のハリスから反論するような声が上がった。
「ですが、仮に魔力無しが魔力を宿すような事案が多発した場合はどうするつもりなんです?」
「ふむ。確かにその場合も考えられますよね。そうなってしまえば、教団の存在が知れ渡るどころか、イグノラント王国だけでなく、周辺諸国も大混乱になってしまうでしょうね」
どこか他人事のようにウェルクエントは答えつつ、次にブレアの方へと視線を向けて来た。
「スティアート課長。その場合は、ライカ・スウェン本人に了承を得ることが出来れば、彼に刻まれている情報を少しだけ頂いても宜しいでしょうか。可能な限りとなりますが、頂いた情報を元に相反魔法を作り、違法な方法で魔力を宿した者達が元の魔力無しに戻るように施していきたいと思っているのですが」
「……もし、そのような事態になった場合、ライカ本人に許可を出すかどうか訊ねてみよう。出来るならば、最悪な状況に陥らないように先を見て、行動して欲しいけれどな」
「常に最善の道が開かれるように善処しましょう」
ブレアは腕を組みつつ、ふっと息を吐く。やはり、あまりウェルクエントとライカを関わらせたくはないのだろう。
……でも、相反魔法を作ることが出来れば、ライカが元に戻ることも出来るかもしれない。
彼が「普通」を望んでいるならば、そうしてあげたい。
だが、仮に相反魔法が完成したとしても、生きる術を求めようとしているライカはそれを受け入れることはしないだろうと何となく思えたのだ。




