賛成意見
すると、アイリス達の会話に混じるように魔物討伐課の課長であるティグスがすっと右手を上げた。
議長より発言の許可を許されたティグスはアイリスとウェルクエントを交互に見ながら、落ち着いた声色で言葉を発した。
「ならば、魔物討伐課もライカ・スウェンが教団の団員として、生きて行くことに賛成しよう」
「なっ……!? 待て、グラディウス! ライカ・スウェンは身体に魔力を宿していると言っても、その身体がいつ魔物と同じように変化するのか分かぬままだ。今は人間の姿を保っているのだとしても、もし仮に魔物化した場合、討伐せねばならぬかもしれないんだぞ!」
慌てたように声を発したのは先程から黙ったままのアドルファスだった。彼もどうやらライカが教団の団員として生きることを望んではいないらしい。
アドルファスの実家であるハワード家は純血統の魔法使いであることを誇りに思っていると以前、ブレアに聞いていた。
そのため、異なる方法で魔力を手に入れたライカのことを異物のように思っているのかもしれない。
彼のどこか曲がっている矜持が、魔法使いが活動する本拠地となる教団にライカが属することを良しとしないのだろう。
「ああ、分かっている。……だが、ライカ・スウェンが生きたいと望むことを邪魔していい権利は俺達にはないはずだ」
そう言って、ティグスがアイリス達の方へと視線を向けて来る。
「後ろ盾、という程までではないがライカ・スウェンがこれから先の生き方を模索するならば、魔物討伐課も全面的に協力すると誓おう。……部下達にはそれぞれ思うところがあるかもしれないが、ライカ・スウェンは討伐対象ではないと言い聞かせ、絶対に彼に手を出さないと約束する」
「グラディウス課長……」
ティグスは真剣な瞳をしていたが、それでも瞳の奥には彼なりの優しさと気遣いが含まれているのがすぐに読み取れた。
「……では、修道課も」
すっと静かに手を上げたのは修道課の課長、ミシェリー・ヤリスだ。おっとりとした表情を浮かべつつもミシェリーははっきりと自分の意見を述べ始める。
「修道課では、迷える者に手を伸ばせ、という言葉を信条にしています。それは望まれる前に手助けとなる施しを与えよという意味です。……ライカ・スウェンが自分の意思で生きたいと望んで教団に入ることを決意しているのであれば、私は──いえ、修道課はそれを見守り、彼にとって必要な時に手を貸したいと思います」
「修道課まで……っ!?」
優しげな声色のミシェリーの声を掻き消すようにハリスが叫んだが、ミシェリーはその声に重なるようにさらに意見を続けた。
「未知だからといって、無知である者に知識を与えず、その者を理解しないまま手を下す方が愚かかと。今のところ、彼が絶対的な脅威だと言い切れないならば、少しくらい様子を見てもいいのではないかしら? ……それにきっと、魔力が身体に馴染むまでは色々と苦労するでしょうから、そんな時は遠慮せずに医務室に連れて来て欲しいですね」
最後の一文はどうやらブレアとアイリス達に向けて告げたようだ。ブレアは苦笑しつつも、頷き返していた。やはり、彼女達の間にはそれなりの信頼関係が築かれているようだ。
「……確かに例としては特殊だが、それでもライカ・スウェンを教団に入団させることは悪いことではないと思う」
そう告げたのは情報課の課長、フェルスト・ラドニールだ。つまり、アイリスの親友であるミレットの上司である。
「一個人としては、未知なる情報を知りたいという欲望があるが、それでも……ライカ・スウェンの意思を尊重すべきだろう」
ほんの少しだけ本音が漏れているが、それでも情報課もライカが入団することに賛成してくれるようだ。
……正直に言えば、情報課は知的探求心が強い人達の集まりだから、ライカが持っている情報を欲しがると思っていたわ。
そのため、フェルストが個人的感情よりも、ライカの意思を尊重してくれたことに深く安堵していた。
すると、賛成意見を出したティグス達に続くように、他の課の課長からもちらほらとライカが入団することについて賛成を示す挙手が見られるようになった。
確かに未知であるものに触れるのは誰だって、怖気づくことだろう。
だが今、賛成するように手を上げている者達の中にはライカの境遇に同情している者も多く居るのかもしれない。
……でも、思っていたよりもブレアさん達が根回ししていた課長の数が多かったわね。
ブレアは会議が始まる前に魔物討伐課や修道課に声をかけていたようだったが、他にもこちら側の味方になってくれる課は多いようだ。
見たところ、会議に参加している課長の半数以上が、ライカ・スウェンが教団に入団し、ブレアが後見人を務めることに賛成してくれているらしい。
この会議はもはやブレアとウェルクエントによる茶番になりつつある。こちら側の望みが最初から通されるように仕組まれているのだから。
……卑怯だと言われるかもしれないけれど、それでもブレアさんは手回ししておいたそれぞれの課長達の意思を尊重しているもの。あくまでも、話を持ちかけただけで。……選択肢としてこちら側に賛成する選択を選んだのは彼ら自身だわ。
そこでやっとハリスやアドルファスもこの場の現状の奇妙さに気付いたらしく、苦々しい表情を浮かべているのが見えた。
彼らは最初から、ブレアが手回しした課長達の中には入っていないのだろう。言っても無駄だということもあるだろうが、彼らの性格上、こちら側の申し出を受けることはきっとないに違いない。
ブレアも自分にとって誰が味方で、誰が味方ではないのか分かっているため、そこを見極めつつ話を聞いてくれそうな課長を選び、手回しをしていたのだ。
ブレアは顔には出ていないが、安堵したような溜息を小さく漏らしていた。
この正式な場を持って、ブレアはライカの後見人を務めることを課長達の半数以上から認められたと言ってもいいだろう。
……さて、そろそろ決め手となる手札を出してもらいましょうか。
場は整った。あとは最後のとどめだと言わんばかりに、アイリスはゆったりとした笑顔でこちらを見ているウェルクエントへと合図のような視線を送った。




