文句の的当て
「──そこまでだ」
室内に低く鋭い声が響き渡り、その場に居るもの全てが声の持ち主の方へと視線を向ける。
会議の進行役を務めているアレクシアが発した言葉によって、再び静寂が生まれたことで、リアン達の会話は中断された。
「私はオスクリダ島で起きた事実をただ、説明するようにとそこの四人に促しただけだが、どうやら彼らを無意味に貶めようとする者もいるようだな」
「っ……」
その言葉が明らかに彼女の息子であるアドルファスに向けられていることは瞬時に察せられた。母親に、いや黒杖司に二度目となる注意を受けたアドルファスはさすがに苦々しい表情を浮かべている。
彼も母親であり上司でもあるアレクシアに二度目となる注意を受けて、平然としていられる程、面の皮が厚くはないのかもしれない。
「この会議はオスクリダ島で起きたことに関する事実確認と、そして新たに入団を予定しているライカ・スウェンの処遇について話し合うために開かれたものだ。当事者であるそこの四人の責任を審議するためのものではない」
はっきりと言い切られた言葉にブレアが短く息を漏らすように吐いた音が聞こえた。どうやら、アレクシアの断言に安堵しているらしい。
「そもそも、責任を問おうにもオスクリダ島の件は一端の団員である四人に背負い込めるものではない。下手をすれば、この世の秩序が大きく変わってしまうような事案だ」
「……では、四人には何も罰をお与えにならないと? 人を殺しているというのに」
食い下がるようにアドルファスは悔しげな表情を浮かべながら、アレクシアへと問いかける。
例え自分の母親だったとしても、アドルファスは歯向かうような態度を改める気はないらしい。アレクシアは首を縦に大きく振ってから、そして呆れを含めたように溜息を吐いた。
「アドルファス・ハワード。お前は彼ら四人が自分の意思で『人を殺した』と位置付けたいようだが……。そこにはセプス・アヴァールの実験に巻き込まれた者達に対するお前の慈心が存在しているわけではないだろう。ただ、都合の良い文句の的当てを見つけたに過ぎないんじゃないのか?」
「……」
「難癖をすぐに付けるのは止めなさい。お前の行為はあまりにも軽率で愚かなものに見えてしまう。……この場に参加している課長達にも問おう。そちらの四人がオスクリダ島での件で自ら判断し、そして選び取ったことに対して罪を与えたいと思う者がいるならば、遠慮せずに挙手して欲しい。だが、挙手する場合は己の価値観だけでなく、理にかなった意見を述べて欲しい」
アレクシアはアドルファスから視線を逸らし、課長達へと目配せしていく。
だが、課長達の中にはアドルファスのように意見を述べるものはいなかったようだ。静まったままの会議室を見渡してからアレクシアは一度頷いた。
「それでは、オスクリダ島で起きた件についての状況説明はこれで終わりとし、次の議題へと移りたいと思う」
アレクシアの言葉にアイリスとクロイドはお互いに顔を見合わせる。つまり、この件において自分達に何もお咎めはないということだろうか。
あまりにも都合が良すぎる幕引きにも思えたが、アレクシアの言葉の通りならば、自分達が魔物と化したオスクリダ島の島人達を手にかけたことに関する処罰は与えられないようだ。
教団を追い出されないと分かったことで、リアンは少しだけ安堵するように息を吐くと、机の上に置いていた精霊剣を掴み取り、再び背中へと装備し直していた。
……それでも、この手を血で濡らしたことに変わりはないわ。
許された行動だったわけではないと自覚している。だからこそ、忘れてはならないのだ。
ひとまず、第一段階ともいうべき議題の終わりにアイリス達は少々安堵しつつも、次へと備えた。
「次に、オスクリダ島の件において当事者であるライカ・スウェンという少年の教団への入団について議論させてもらう。報告によれば、元々は島に住んでいる魔力無しの少年で、セプス・アヴァールによって実験台にされた一人でもある」
「生き残りというわけか……」
「だが何故、彼だけが……」
ぼそりと課長達の間で呟かれる囁きがアイリス達の耳へと遠慮なく入ってくる。それでも次の議題が始まった以上、うつむくわけにはいかなかった。
「実験によってその身に魔力を宿したライカ・スウェンを保護する名目で教団に入団させるべきだという意見が出されている」
「その場合、また特例を出さねばならぬのぅ」
おっとりとした声で言葉を発したのは黒筆司のハロルドだ。他人事、というよりも手慣れているような口調である。
……確かに私だけじゃなく、クロイドが入団する場合も特例だったらしいし、私達が知らないだけで、特例で入団している団員は他にも在籍しているのかも。
色んな意思を持った人間がこの教団には所属している。もしかすると、公になっていないだけで、自分達以外にも特例で入団している団員はどこかにいるのかもしれない。
「……また、魔力無しを入団させるおつもりですか」
新たな声に一気に視線がその持ち主へと向けられる。
整えられた薄い金色の髪を持つ、壮年の男性が指を交差させるように組みつつ、溜息を吐いていた。
「意見があるならば、聞こう。ハリス・エルベートよ」
ハリス・エルベート。
確か、黒筆司のハロルドの弟の末の息子だと聞いている。
アイリスによく嫌味を向けて来るハルージャ・エルベートの親類の一人だ。
ハルージャの父が次期当主の座に就くことが決まっているらしく、彼女の父は現役の魔法使いを引退しており、教団に在籍しているとは言え、教団内で見かけることはほとんどないと聞いている。
そのため、ハルージャの父が元々就いていた祓魔課の課長の座を数年程前に受け継いだのが今、言葉を口にしたハリス・エルベートである。
……何となく、面差しがハルージャと似ているわね。
正直、あまり接触がなかった人物なのでどのような性格をしているのか分からない。
それでも、アイリス達の方に向けて来る視線には何か嫌な感情が含まれていることには気付いていた。




