純真なる訴え
「ハワード課長は俺達のことをどうしても人殺し扱いしたいようですが、俺は別にそれでも構いません」
リアンはころっとした表情で何気なくそう発言した。
隣に立っているイトが何を言っているのかと言わんばかりに目を瞬かせて彼を凝視している。リアンの今の発言はイトにとって、予想外過ぎる言葉だったらしい。
周囲からはどこかざわめきのようなものも生まれていた。
「それにもしかすると、俺達が気付いていないだけで今まで討伐されてきた魔物達は元人間だったものもいるかもしれないじゃないですか」
「……そのようなこと、仮定の話だろう」
「ええ、仮定です。あくまでも例えの話ですよ。でも、絶対にそうじゃないとは言い切れないのが、俺達がいる世界ではないでしょうか」
まるで訴えかけるような言葉だが、リアンは特に真剣な表情をするでもなく、淡々と言葉に綴っていた。
いつもと変わらない彼がそこにいるだけだ。だからこそ、言葉と態度に惹かれる何かがあった。
「魔法が存在する世界において、生と死はいつだって表裏一体なのはここにいる人ならば、全員が自覚していることでしょう? 死にそうになったことなんて、度々あると思います。俺も任務の際に不注意で何度も怪我をしましたし、そのことでよく課長と相棒から叱られています」
けろりとした表情でそう話すリアンを彼の上司であるティグスはどこか呆れたような、だが何故か納得するような顔を浮かべて苦笑していた。
リアンの相棒であるイトは思いっ切りに呆れた表情を浮かべていたが。
それでも、とリアンは言葉を続けた。
「それでも、皆が……いや、教団の団員が生きているのは、彼らが生き残るための選択を選び取ってきたからだ」
そこでリアンの瞳は少しだけ剣呑なものへと変わった。彼がこのような表情をするのは珍しいため、アイリスは思わず凝視してしまう。
「生き残るならば、何だってするのが人間だと思います。それは誰だったとしても同じではないでしょうか。……あの状況下で、誰しもが俺達と同じ選択を選ぶとまでは言い切りませんが、自身が生き残る選択を選ぶ人は多いはずです」
リアンはそう言って、席に座っている課長達を見渡すように目配せする。どこか気まずげに視線を微妙に逸らす者も居れば、静かに目を伏せる者もいた。
「だから、俺達は自分達が生き残るための方法を選びました。今回の件は、ただそれだけということです」
静かに淡々と言い切ったリアンをアドルファスはどこか顰めた顔で見つめていた。
リアンにここまで言わせておいて、アドルファスはまだ納得していないらしい。
「……それはつまり、己が手にかけた者達を軽視し、身勝手に選んだ選択に対して責任を取らないということか?」
「……もう、どうしてそういう風な捉え方をするかなぁ」
アドルファスからの返答にリアンは相手に聞こえないくらいの声量で溜息交じりに呟いた。それはイトや自分達に対して使うものと同じ口調として聞き取れた。
「ハワード課長は俺達をどうしたいんですか? 責任を取らせて教団を辞めさせたいの? それとも俺達の上司を課長の座から引きずり下ろしたいの? 嫌味を含んだ言葉ばっかり吐いて、疲れないんですか? 何をどう答えたら、あなたは満足するんですか? ただ自己満足の嫌がらせのために、面倒くさいことを言うのは止めて下さい」
「なっ……」
まさかリアンが真っすぐと確信を突くような言葉を告げるとは思っていなかったようで、アドルファスは顎を引いたまま目を大きく見開いていた。
アイリスも呆れた表情を浮かべたリアンが悪意なく相手にとって図星を突くような言葉をはっきりと述べるのは初めて聞いたため、少しだけ驚いてしまう。
普段はイトの冷めた言葉を受けているリアンだが、彼女の言葉は嫌味や悪意とは別物だと分かっているため、アドルファスに対してこのような反論を返したのだろう。
視界の端では黒筆司であるウェルクエントが肩を震わせながら息を止めている姿が目に入ってきたし、さらにアイリス達の上司であるブレア達は同時に小さく噴き出していた。
誰もがリアンの言葉に同意しているようだ。
「俺、まどろっこしいことや難しいことが苦手なんです。一々、含みを持った言葉を使われると本当に頭が爆発しそうになるから、分かりやすい言葉ではっきりと言って下さい。むしろ、箇条書きみたいな言い方にして欲しいくらいです」
「ぐふっ……」
とうとう、普段が無表情であるイトまでもが噴き出した。課長達の中にも顔を逸らしながら肩を震わせている者が多数、見受けられる。
それほどにリアンの言葉は棘も含みもない純粋さで出来ていたのだ。
すると、リアンは背中に背負っていた彼の武器である両手剣を掴むと、鞘に収めたままの状態でティグスが座っている席の目の前の机に置いた。
「俺達は俺達の意思で、島の人達が魔物になったものを殺しました。その事実を否定はしません。生き残るために自ら選択したことですから」
リアンは両手剣を静かに見据えたまま、言葉を更に続けて行く。
「だからこそ、その責任を取れと言うのならば、俺達が選んだことの何が罪に問われるのかをはっきりと教えて下さい。下される判決が、俺達が納得出来るものだったならば、俺はこの精霊剣をこの場に置いて教団を立ち去っても良いと思っています」
「精霊剣……」
課長の誰かがリアンの言葉を反復し、机の上に置かれた精霊剣へと視線を注いでいるようだ。
アイリスもオスクリダ島から教団に戻って来る最中にリアンの両手剣が「精霊剣」と呼ばれるかなり珍しい剣であることは本人から聞かされていた。
剣には数種類の属性を持つ精霊が宿っており、リアンはその精霊達を瞳に映して対話することが出来るらしい。そして、精霊剣の使い手は教団には、今のところリアン以外いないのだという。
……つまり、リアンがその精霊剣を手放すということは精霊と対話出来る貴重な剣の使い手を失うということ。
リアンは覚悟を示しながらも、教団側にとって己の利用価値を失うことを表に出しつつ、彼なりにアドルファスに対抗しようとしているのだろう。
その甲斐もあってか、アドルファスはどこか微妙そうな表情を浮かべていた。
もしかすると、性格があまりにも純真で真っすぐ過ぎるリアンとは相性が合わないのかもしれないと密かに思った。




