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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
知湖の取引編
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抉る言葉

 

 イトはアドルファスに視線を向けながら、わざとらしく大きな溜息を吐き出した。まるでアドルファスに対して深く呆れている感情が込められたような溜息に見てとれた。


「まるで魔具調査課のお二人が関わったことで、島の人達がセプス・アヴァールの手にかかったような言い方をしますね? ……そのような断片的な極論を口にしてしまうと、己の無知を他者へと知らしめる要因になりますので、控えた方が良いと思いますよ」


「なっ……!? 貴様っ……。課長の私にそのような口を……!」


「──アドルファス・ハワード。静かになさい。……ユキ・イトウ。話の続きを」


「はい」


 アレクシアに注意を受けたアドルファスは歯ぎしりをしていたが、イトは全てを無視するようにふっと短い息を吐いてから、普段は口数が少ない彼女とは思えない程に饒舌に話し始めた。


「本来、オスクリダ島には魔物討伐課が一年に一度、定期巡回することが決まっています。……ですが、オスクリダ島が平穏な島で、魔物も存在していないことから、これまで担当してきた魔物討伐課の団員は定期巡回に力を入れず、この任務に対して甘く認識していたようです」


 ですよね、と同意を求めるようにイトはティグスへと視線を送っているが彼は先程までの調子の軽い表情ではなく、課長らしい厳格そうな表情を作っていた。


 ティグスが右手を上げると、会議の進行を務めているアレクシアからすぐに発言の許可が出される。


「……確かに我が部下の言っている通りだ。それまでは、オスクリダ島に医師として駐在しているクリキ・カールから、数か月に一度の頻度で島内に関する報告書は受けていた。……しかし、いつからか島が絶対的に安全であると誤認したことで、島の存在を軽視するようになったのだろう。一年程前から、魔物討伐課宛てに届くはずのオスクリダ島に関する報告書が届かなくなっていたことに対して不審さえも抱かなかった。クリキ・カールではない別の人間が医師としてすり替わっていることに気付かず、セプス・アヴァールの残忍な行為を助長させてしまったのは、完全に魔物討伐課の落ち度だ」


 はっきりとそう告げて、ティグスは椅子から立ち上がり、何と会議室に居る者全てに向けて頭を下げたのである。


「っ……」


 課長が頭を下げる、ということは自身に全て責任があると認めた証拠である。そのことが分かっている者達は驚き、そして眉を寄せる者もいた。


 だが、イトとリアンは魔物討伐課の課長であるティグスが頭を下げても、特に驚いたような表情は浮かべていなかった。

 恐らく、この場に来る前に三人で何かしらの打ち合わせをしてきていたのだろうとすぐに察した。


 頭を下げたティグスはすぐに椅子に座り直してから、話の続きを始める。


「今回の件を踏まえて、今後の定期巡回については見直すつもりだ。そして改めて、任務に対する認識を甘く持っている者達は鍛え直していこうと思う」


「ふむ。……それでは、今回のオスクリダ島の件の大部分は魔物討伐課に責任があると?」


 嫌な含みを持った声でアドルファスがそう告げると、ティグスはすぐに首を縦に振った。


「そうだ。……ああ、責任を負って課長職を退けというならば、その通りにしてやってもいいが、そのしわ寄せがどこに向かうのかしっかりと考えてくれよ? 俺は無責任に、責任を負って辞するなんてことはしたくはないからな」


「……」


 アドルファスが何を言いたいのかをすぐに察したティグスは、抑揚のない声色で畳み掛けるようにそう答えた。


 課長であるティグスがその座から退けば、指揮を執る者は変わるだろう。その場合、引継ぎ作業などが単純に大変なだけではない。


 魔物討伐課の課長は、他の課と比べて少しだけ存在は異質だ。それは課長となる者はただ単に、上層部によって選ばれるわけではないからだ。


 課内で戦闘における技術が高く、それでいて人望も厚く、時には状況に応じて冷静に残酷な判断を下すことが出来なければ成り立たないのが魔物討伐課の課長というものだ。

 つまり、その者を新しく決めるとなると、それなりの準備が必要となってくるのだ。


 斜め前に座っているティグスは魔物討伐課の課長としての全ての条件を兼ね備えた課長らしい、課長だ。

 彼以外の者をその課長の椅子に座らせるとなると、その条件が揃う者を探すところから始めなければならないので、他の課に比べて、課長職を退くということは簡単なことではなかった。


 そのことを理解しているのか、アドルファスも少しだけ顔を顰めたようだったが、すぐに視線をアイリスへと戻してくる。


 ……まだ何か、言いたいことがあるようね。


 本当に執拗で、意地の悪い人だ。彼が何故、魔的審査課の課長なのか不思議に思う程である。


 恐らく、アドルファスからよく嫌味を言われているブレアも同様のことを思っているだろうとアイリスは吐きそうになっていた溜息を何とか押し留めた。


「まあ、この事案が起きたことについての主な要因は理解出来た。だが、もう一つ、不可解なことがある」


 くっ、と低い声でアドルファスが言葉を漏らした。


 視界の端に映っているブレアの手の甲には更なる青筋が浮かび、隣に立っているクロイドは拳を強く握り始めている。二人ともどうにか耐えようとしているらしい。


「それで、どうして魔物となった島人は一人もいない状態なんだ? まさか、ブリティオンのローレンス家が全員を連れ去ったとでもいうのか?」


 確信を持っているようにも思える一言は、明らかにアイリスの心を抉ってくるものだった。


 ……さすがは対人を相手にしている課長は、人の心を傷付ける言葉を選ぶのが上手いわね。


 アイリスはアドルファスに気付かれないように深い溜息を一度吐き出した。自覚はしているというのに、再認識しなければならないのだ。


 ……手は洗ったはずなのに、まだ感触と匂いがこびり付いたように感じられるのは、きっとこの罪を忘れさせないためなのかもしれない。


 魔物と化した島人達。その行く末がどうなったのか──。そんなこと、分かり切ったことだ。

 だって、彼らの息の根を止めたのは紛れもなく、この両手なのだから。


 全ての覚悟を決めたアイリスはアドルファスをじっと見据えたまま、息を吐くように答えた。


「殺しました」


 静けさの中に、息を飲みこむような音があちこちから漏れ聞こえた。

 誰もが目を見開き、そして呼吸をしていないのではと思える程に、やがて人の息遣いが聞こえなくなっていた。

 

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