信用
「まあ、そういうわけで僕が今回、取引したい理由は以上です。いかがでしょうか? 僕はライカ・スウェンの後ろ盾になって、魔力を宿す薬に関することを流出させないように封印したい、そしてそちらはライカ・スウェンの身の安全を保障し、特例として教団に入団させたい──。ね? あなた方にとって、利がある話でしょう?」
ふふっと小さく笑いながらウェルクエントはブレアの反応を窺っているようだ。ブレアはどこか諦めたように溜息を吐く。
「……お前のことだから、逆に何かしらの情報を引き出すためにライカ・スウェンの後ろ盾になりたいのかと思っていたぞ」
「知的好奇心が旺盛な団員の中には、そういう考えの方もいるでしょうね。僕だって、ライカ・スウェンだけが何故、魔力を身体に宿すことに成功したのか、気になっていないわけではありません。……ただ、それよりも最も優先するべきことがあるので、そちらを重視しただけです」
「……そういう面倒な奴らも、黒筆司の権限でお前が抑えることが出来るというのか?」
「ええ。……確かに僕は誰よりも情報を求めて、保管していきたいと思う性分です。ですが、これでも教団の一員ですからね。この嘆きの夜明け団にとって、利となることを求めるのが黒筆司の正式的な役目です」
ふっとウェルクエントは瞳を細める。細められた瞳から覗く金色の両目はまるで猫のように見えた。
「今回、僕が取ろうとしているやり方は、かなり保守的だと思われるかもしれませんが、情報を漏らさないことは一つの戦略的方法ですよ。情報漏洩によって、国が亡ぶこともありえますからね」
「それは確かに同意するが……」
ブレアはウェルクエントの性格を知っているため、知りたい情報が目の前にあったとしても手を出さずに封印を施す、という言葉をまだ信じられていないようだ。
「それと、気になっていたことをもう一つ、訊ねさせてくれ。……今回、お前がアイリス達と接触を試みたのは、ライカに関する取引をすることで、二人から得たい情報を抜き出すためだと思っていたが……。その件に関してはどうなんだ?」
「ブレアさんは相変わらず過保護な保護者ですねぇ。あなたは以前、僕に言ったでしょう? お二人がちゃんと自分の意思で僕と取引したいと心に決めるまで、接触はしないで欲しいって。周囲からは胡散臭いと思われがちですが、僕は約束をちゃんと守る人間なんですよ?」
くすくすと小さな悪戯が成功した子どものようにウェルクエントは笑っている。
「分かっているさ、お前がちゃんと約束と言う名の取引を守る奴だってことは。だが、今回の取引において、わざわざアイリス達を呼び出した意味は何だ? しかも、人がいない時間帯に顔を合わせるようなことまで企んで、本当の狙いは別にあるんじゃないのか?」
「……ブレアさん、僕のことは根本的に信用していないですよね?」
「していないな。お前から得られる情報や取引については信用しているが、性格に関する信用は別物だと考えているからな」
ぴしゃりと言い捨てるブレアに対して、ウェルクエントは困り顔で肩を竦めていた。
「まあ、一理ある言葉ですね。仕事は出来ても性格に難がある方は教団内に大勢いらっしゃるので」
「仕事も出来ない上に性格も悪い奴も居るけれどな」
「ははっ……。毒舌だなぁ、ブレアさんは。……全力で同意しますけれど」
二人は笑顔で黒い言葉を言い合っているように見えるが、きっとお互いにとっては通常のことなのだろう。
だが、見ているこっちは何だか胃が痛くなってきそうなので、そろそろ止めて欲しいくらいだ。
「……そうですねぇ。僕が今回、お二人をここにお呼びした理由は二つあるんです」
すっと笑いを収めてから、ウェルクエントは穏やかな表情をした。
「一つ目はオスクリダ島で起きたことについて詳しく知りたいからです。あなた方が任務でエディク・サラマンを探しに島へ向かったことは知っています。……無責任な言葉だと分かっています。ですが、まさかあのようなことが起きるとは思っていなかったので、今後のためにもこの一週間程で何が起きたのかを知りたいのです」
「……魔物討伐課の定期巡回についても、ちゃんと見直されるんだろうな?」
「もちろんです。このようなことは二度と起こさせませんよ。……絶対に」
そう呟くウェルクエントの表情は今まで見た中で一番鋭いものに見えて、このような表情もするのかと密かに思った。
「そして二つ目は……ただ単にお会いしたかったんです。黒筆司として、ではなくウェルクエントという人間として」
「は?」
間抜けな声を出したのはブレアである。きっと、彼女にとっては予想外の言葉だったのだろう。
「僕は一方的なあなた達の情報しか知りません。深い内部に触れたくても、その『切り札』を使うのは今ではない。……こうやって、顔を合わせておけば後々、あなた達は僕のことを思い出し、そして必要だと感じる状況がいつか来るはずです」
「……まるで予見しているような言い方ですね」
同い年くらいだが、ウェルクエントの方が立場は上であるため、アイリスは敬語で言葉を返した。
「僕はいつでも待っています。あなた達が僕を頼って、取引を持ち掛けてくれる日を。……でも、仕事抜きの話を持ち出せば、僕はこれでも密かにお二人のことは応援しているんですよ」
「え?」
ウェルクエントは急におどけた表情で笑みを見せる。
「伝説級の魔物と言われている魔犬を倒すためにアイリスさんが情報課のミレット・ケミロンを使って、魔物討伐課に知られないように動いているのは知っています」
「……」
ミレットは他人に情報を漏らすような人間ではないため、恐らくウェルクエントが独自で手に入れた情報なのだろう。
だが、限られた人間しかしらない、その情報を彼が知っていると思うと少しだけ不気味に感じられた。
「そして、魔犬の呪いを受けたクロイドさん──。呪いが完成するまであと八年程と推測出来ますが、それまでに魔犬を打ち倒して、呪いを解きたいと考えていませんか?」
「っ……」
「おや、その反応は当たりのようですね」
どうやら、ウェルクエントは彼の思考から推測したものを使って、言葉を誘導したらしい。やはり、口では彼には勝てないのだろう。
「お二人の感情が絡み合ったことで生まれた『魔犬を倒す』という一つの目標に、私も賭けているんですよ。……魔犬が今まで、誰も倒したことがない魔物だから、ということもありますが……」
そこでウェルクエントは一つ、呼吸する。
「それまで誰も成し遂げたことがなかった未知なることを成し遂げる瞬間を僕も見てみたいんです」
静かに響く言葉には、邪気や冷やかしなどは全く感じられない。ただ、純粋という言葉でしか表現できない表情が目の前にあった。




