持ち掛ける
通された会議室の中には、アイリス達以外の姿は一人として見られなかった。会議室は思っていたよりも横に広く、そして窓がないせいで、室内の灯りをつけても薄暗く感じた。
室内の中央には楕円形の木製の大きな机が置かれており、それを囲うように数えきれない椅子が並べられている。
座る位置も決まっているのか、入り口から一番遠い、奥の椅子は座高が高いものが置かれていた。
もしかすると、他の団員と比べて背が低いイリシオスのために特注で作られた椅子なのかもしれない。
ウェルクエントは会議室の扉を閉めてから、入り口から少し離れた席へと座る。その真向かいの席にブレアは座り、彼女の背後にアイリスとクロイドは立った。
「さて、誰かが来る前に話を始めましょうか。……ああ、盗聴防止用の結界が張ってあるので、部屋の外に会話が聞こえることはありませんよ」
にこりとウェルクエントは笑うが、その笑顔に胡散臭さを感じているのはアイリスだけではないだろう。
ブレアはそんなウェルクエントの態度に深い溜息を吐いてから、椅子に背をもたれつつ、腕を組んだ。
「それで本当の望みは何なんだ、黒筆司様?」
わざとらしく、ブレアが吐き捨てるように言うと、ウェルクエントは両手の指を交互に組みつつ、机の上に肘を置いた。
「あなた方が……ああ、ブレア課長が魔物討伐課のジェイド副課長と協力して、ライカ・スウェンが魔具調査課に所属するための手回しをしていることは知っています」
「……」
ブレアは声には驚きを出さなかったようだが、アイリスとクロイドは内心、ウェルクエントの情報収集の速さに驚いていた。
恐らく、ブレアはウェルクエントに情報を知られることに慣れているのだろう。
それでも、アイリス達にとっては妙な気分の悪さのようなものが感じられた。
情報収集に置いて、ミレットよりも長けている者はいないと思っていたが、ウェルクエントは彼女以上の実力の持ち主のようだ。
「ライカ・スウェンは元々オスクリダ島の島人で、そして魔力無し。更に教団に入団するための年齢に達していない12歳の少年で、魔法や魔力に関する訓練を特別に受けたわけではない。そう……特異な方法で魔力を宿した、前例が少ないだけの、普通の子どもです」
「……その情報を知っている奴はかなり限られているはずだが、よくそこまで調べられたものだな」
「ふふっ……得意分野ですから。……それに、僕は色んなところに『目』と『耳』をばら撒いているので、何気ない『会話』による情報収集は得意なんですよ」
その言葉にアイリス達はつい、引き攣った顔をしてしまう。すると、ウェルクエントは苦笑しながら首を振った。
「怖がらなくても、私的な会話から情報を抜き出すようなことはしていませんよ。それはあまりにも非常識ですからね。一応、黒筆司という役職ですので、僕にも部下はいるんです。誰が僕の部下なのかは教えられませんが、普段は彼らを使って取り留めもない情報を集めるようにしているんです。簡単に言えば、それほど重要ではない噂話を他所から拾ってくる程度ですよ。……まあ、でも廊下で無防備な会話をすることは避けておいた方がいいでしょう。人の粗探しをするのが趣味な方は結構、いますので」
何に対する忠告なのかは分からないが、重要なことや私的なことは出来るだけ魔具調査課内で話そうとアイリスは静かに誓った。
「話が逸れましたね。……それで、何をお伝えしたいのかと言いますと……僕もあなた方の味方になりたいなぁと思いまして」
「なに……?」
薄暗い部屋の中で、ウェルクエントは不気味に思える程に笑顔だった。だからこそ、すぐに気付いた。
……交渉が、来る。
アイリスはごくりと唾を飲み込み、両足に力を入れる。そして、一言も聞き漏らしがないようにとウェルクエントから紡がれる言葉に意識を集中させた。
「規定外のライカ・スウェンが教団に入団するためには絶対的に後見人が必要です。……そちらの、アイリス・ローレンスさんやクロイド・ソルモンドさんのように特例許可が下りなければ、入団することは出来なくなります」
「……」
「お二人が入団する際にも、上層部と色々と協議していたブレア課長はご存知のはずです。……そして、今回も同様に会議は荒れるでしょうね」
「分かっている。……いつものことだろう」
「ええ、いつものことです」
ウェルクエントは何が楽しいのか、ずっとにこにこと笑ったままだ。
「密かに集めさせてもらった情報によりますと……。アドルファス課長は真っ向からライカ・スウェンが入団することを反対しているようですね」
「……だろうな。あいつはセドほどまでじゃないが、それなりに血筋を重んじる性格だからな……。まあ、魔具調査課相手というよりも私への当てつけが半分あるだろうが」
舌打ちをするブレアにウェルクエントは同意するように頷き返す。
「ですが、アドルファス課長は多数の意見に流されやすい方なので、周りをブレア課長の味方で固めれば、会議は有利に進むと思いますよ。……本当、この家は彼の弟が継いだ方がいいだろうに」
ぼそりと呟かれた黒い言葉は聞かなかったことにしておこうと、アイリスは少しだけ視線を逸らすことにした。
「そして、祓魔課は……こちらもわりと消極的ですね。まあ、反対しているわけではないので、納得出来る理由を示すことが出来れば、味方に出来ると思います。ああ、魔物討伐課と修道課はブレア課長の味方になってくれるようですよ」
すらすらと綴られる言葉にブレアはもう一度、溜息を吐いた。
「そこまで把握しているなんて、さすがだな」
「ええ、物事を有利に進めるためには味方が多い方がいいでしょう? ……そして、そこに僕も加えて頂きたいんです」
「……何が目的なんだ」
「そうですねぇ……。本当はライカ・スウェンに直接、お会いしたいのですが、きっと後見人のあなたがお許しになられないと思うので……」
そこでウェルクエントはそれまで見せていた隙のない表情から一変して、無邪気な子どものような笑顔を見せた。
「だから、取引をしましょう、ブレア課長」
まるで、最初から自分が勝負事において勝てることを確信しているような、そんな楽しげな笑みをウェルクエントは浮かべたのだ。




