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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
知湖の取引編
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ウェルクエント

 

 アイリスとクロイドは表情から感情を覚られないように、無の状態を保ったまま廊下を歩いていた。


 魔具調査課の課長であるブレアの後ろを歩いているためか、それとも自分達が色んな意味で名前が知られているのかは分からないが、すれ違う人達からは訝しがるようなものを見る視線が向けられていた。


 それもそのはず、自分達にとって今、歩いている場所は普段ならば縁遠い場所だからだ。


 課長達が集まる会議室は、教団の建物の中で見上げる程に最も高い塔の中にあるらしく、アイリスはもちろん、クロイドも足を踏み入れたことはない場所だった。

 つまり、入ることが出来る団員がそれなりに制限される場所なのだ。


「……」


 役職としては高い地位にあるはずの黒筆司から直々に会議に参加して欲しいと言われてしまえば、緊張しないわけがない。

 そもそも、お互いに顔を合わせたことがないので、どのような人間なのかも知らないのだ。


 ……今の黒筆司は、ヴィルさんと繋がっている血筋の方だもの。もしかすると似ているかもしれないわね。


 アイリスが日頃からお世話になっている水宮堂の中で、ウェルクエント・リブロ・ラクーザという人間と鉢合わせしたことは一度もない。

 ヴィルからも世間話のついでに弟がいるという話を聞いたことがあるくらいだ。


 そもそも、黒筆司である彼が教団のどの場所に常日頃、常駐しているのかも知らないため、顔を見たことがなくても仕方がないだろう。


 ……黒筆司は私達から得たい情報があるみたいだけれど、ライカの件を利用して接近してくるつもりなのかしら。


 ブレアは黒筆司が嫌な人間ではないと言っていたが、それでも用心するに越したことはないだろう。


 そう思っていると、それまで淀むことなく進んでいたブレアの歩みの速さに一瞬だけ、ずれが生じた気がした。


 どうしたのだろうかと視線を前に向けると、大きな両開きの木製の扉の前に、黒い外套を肩に羽織っている人影が目に入って来た。


「……わざわざ、扉の前で待つなんて」


 ブレアが相手に聞こえないくらいの小声で、吐き捨てるように呟く。彼女の呟きから察するに、恐らく前方で立って待っている人物こそがウェルクエント・リブロ・ラクーザなのだろう。


 雲のように柔らかそうな薄茶色の髪に、猫のような金色の瞳、そして穏やかさと知的さを備えた表情。ふっと重なったのは、水宮堂のヴィルの姿だった。


 ……見た目の印象は全くの別物だけれど、どこかヴィルさんと似ているわ。


 やはり、血が繋がっているからだろうか。


 しかし、ウェルクエントの容姿を見る限り、彼の年齢は本当に自分達とは変わりがないようだ。

 それにも関わらず、年上の課長であるブレアに対して強気に発言をすることが出来る役職に就いているので、たいしたものだとアイリスは密かに感心していた。


 ウェルクエントはブレアの姿をその瞳に映すと、人当たりのいい笑顔をこちらに向けて来た。


挿絵(By みてみん)


「こんにちは。僕のお願いを聞いてくれて嬉しいです、ブレア課長」


「……何がお願いだ。お前からわざわざ電話が来るなんて、気味が悪い取引が待っていることしか予想出来ないね」


「ふふっ。相変わらずですね。でも、お二人とやっと顔を合わせることが出来ました」


 そう言って、ウェルクエントはブレアの後ろに立っていたアイリス達の方へと目配せしてくる。


「こんにちは、アイリス・ローレンスさん。クロイド・ソルモンドさん」


「……初めまして」


 流れるような挨拶が告げられたため、アイリスは軽く頭を下げた。

 クロイドもウェルクエントに対して、何か色々と思う部分があったようだが、そこはぐっと飲み込んでから無言のままで頭を下げていた。


「本当は早めに接触したかったんですが、ブレア課長に止められていました」


「お前を二人に会わせたら、知りたいことを根掘り葉掘り聞こうとするだろうが」


「嫌だなぁ、僕だって、そこまで不躾で失礼な人間じゃないですよ」


 くすくすと、子どもが笑うようにウェルクエントは笑っているが、ブレアは呆れた溜息を吐いていた。


「では、改めて自己紹介を。僕はウェルクエント・リブロ・ラクーザと申します。二人の知り合いであるヴィルヘルド・ラクーザの弟です。どうぞ、気軽にウェルクと呼んで下さい」


 そう言って、ウェルクエントはアイリス達に右手を差し出してきたが、それを横からブレアが手を刃のように真っすぐ伸ばしたものを振り下ろしてきた。


「わっ、危ないなぁ」


 ブレアの攻撃をウェルクエントはぎりぎりのところで避けたようだ。


「……心身接触(リンク・ヘルツ)の魔法を使われたら、こちらの情報をお前に渡すことになるからな」


 じろりと、ブレアが睨むとウェルクエントは苦笑しながら、わざとらしく肩を竦めていた。


「随分と僕のことを信用していないんですね。そんなこと、しませんよ。……情報というものは、一つ一つが価値あるものです。それを無償で奪おうなんて愚かなこと、僕は考えたりしません。黒筆司という役職に就いている以上、その辺りの分別はつきますよ」


 つまり、彼は対価となるものがなければ、対象相手との情報取引はしないということだろうか。無理矢理に相手から情報を抜き出さないと信条として決めているならば、少しだけは信用してもいいかもしれない。


「それに、そんなことをすれば後から自分につけが返ってくるでしょう? 僕の役職は信用あるものとして成り立っているので、間違っても相手の知らないうちに情報を奪い去るなんてことはしません。一度でもやってしまえば、僕に対する信用は一気に崩れ去ってしまいますからね」


 にこりと笑ってから、ウェルクエントは再びアイリス達の方へと足の向きを変えた。


「さて、挨拶はこれくらいにしておいて、さっそく本題に入ってもいいでしょうか?」


「会議が始まるよりも早い時間にアイリス達を連れて来いと言ったのは、何か裏があったんだな」


「そんなに難しいことではないですよ。それにこれから行う会議の議題に関することなので、あなた達にとってはかなり利がある話です。……とりあえず、会議室に入りましょうか。ここだと人に話を聞かれかねないので」


 ウェルクエントは会議室の扉を開けてから、中へ入るようにと促してくる。


 ブレアは観念したように溜息を吐いてから、会議室の中へと入ったため、それに続くようにアイリスとクロイドも少し警戒しながら会議室の中へと足を進めて行った。

  

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