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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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認識

 

「……」


 セントリア学園の屋上から、遠くに見える境目に沈みゆく夕日を眺めながら、アイリスは静かに呼吸する。


 遥か昔に生きていた魔女、エイレーン・ローレンスもこの夕日を見ていたのだろうか。

 嘆きを胸に潜めながら。


「――アイリス」


 自分を呼ぶ声には穏やかさと優しさが含まれていた。振り返ると、魔防の魔法がかけられている薄手の黒いコートに身を包んだクロイドがいつの間にか近くまで来ていた。


「不安か?」


 そう訊ねてくる問いかけに、アイリスは首を横に振った。


「大丈夫よ。……だって、クロイドが守ってくれるんでしょう?」


 ほんの少しだけ笑みを浮かべて、そう答えると彼もまた同じように微笑んで頷き返してくれた。この笑みほど、心強いものはないだろう。


「おーい、二人ともー。作戦のおさらいをするわよー」


 カインが隠れている給水塔から、ミレットが立ち上がってこちらに向けて手招きしている。

 アイリスとクロイドは顔を見合わせてから、ミレットのもとへと小走りで向かった。


 梯子(はしご)を上り、カインとハルージャを含めた五人で車座で座る。


「それじゃあ、もう一度だけ作戦のおさらいをするわね。まず、『(アルバ)』は、表の目的としてはカインさんを狙う人物が持つ、使用許可が出されていない魔具を確保することが第一優先よ。そして、その人物の確保と封魂器(ふうこんき)に封じられている霊達とカインさんの除霊が最終目標ってことを頭に入れて行動してね」


「行動してね、って……。ミレットは何をするのよ」


「いやぁね。何も出来るわけがないじゃない」


 あっけからんとミレットは右手を横に振りながら答える。


「私はあんた達と違って、戦闘専門の訓練を受けていないもの。荒事はごめんだわ~」


 つまり、荒事は全て自分達に任せると言う事か。人には適材適所というものがあるので、アイリスは渋々納得するように頷いた。


「でも、校舎を壊さないようにだけはしてよね、アイリス」


「失礼ね、そんなことしないわよっ!」


「まぁ、アイリスさんですもの。校舎を半壊くらい、簡単にしそうですわ」


 高らかな声でハルージャが嫌味っぽく笑うが、すぐに目を逸らして黙り込む。


 隣を見るとやはりクロイドがかなり冷めた瞳でハルージャを見ており、どうやらハルージャはその視線から逃れるために嫌味を止めたようだ。

 なるほど、こういう事かと内心で妙に納得したが、クロイドに顰め面のままをさせておくと任務を行う上でハルージャにも悪い影響が出てしまわないか心配でもある。


「ハルージャは全力でカインさんを守ること。結界の魔法ぐらい使えるでしょう?」


「当たり前ですわ! 祓魔課として基本魔法の一つですもの。それに結界魔法はエルベート家の得意魔法ですわっ」


 確かに結界を張ることで、悪魔や悪霊を逃がさないようにする方法があると噂程度で聞いたことがある。

 ハルージャが魔法を使うところを見たことはないが、彼女もやはりそれなりに力のある魔法使いの一人なのだろう。ただ、能力と性格は別物として考えた方が良さそうだが。


「クロイドはアイリスを援護しつつ、結界のことも頭に入れておいて」


「何故だ?」


「万が一よ、万が一」


 ミレットの言葉にクロイドは眉をひそめていたが、渋々頷いていた。ハルージャの魔法を不安視しているわけではなく、本当に万が一のことを思って頭に入れておいて欲しいということだろう。


「あの、皆さん……」


 そこでふと、カインが声を上げる。


「皆さん、私のためにありがとうございます。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」


 丁寧にゆっくりと頭を下げて彼は言ったのだ。


「私は……本当に運が良かった。あなた方に助けてもらえて、本当に嬉しかったです。自分一人ではどうすればいいのか分からないままだった……」


 半透明だが、涙を浮かべていることが分かる。

 霊体となっても、感情は成り立っているらしい。


「どうか気にしないで下さい。こちらからしてみれば、これも任務の一つですから」


 アイリスがにこりと優しく微笑むとカインは少し安堵の表情を浮かべた。


「だが、『嘆きの夜明け団』という秘密組織があるのは驚きでしたな。このご時勢に本物の魔法が生き残っていたとは……。最期に珍しいものを見ることが出来た気分だ」


「まぁ、世間には知られないように活動していますからね」


「では、この国の方々も存在は知らないと?」


「そういうことです。でも、一部の貴族や政界の人間、王家の人々は知っています。そうでないと都合上、上手く運営が出来ないこともあるんですよ」


 ミレットが仕方ないと言わんばかりに溜息を吐きながら答える。


「ほう……。いやぁ、私はこの国の人間ではないから、イグノラントの事はあまり良く知らないんだ」


「あら、どちらのご出身で?」


「ここよりも更に北のローランティア国だよ」


 それなら、かなり北の大国ではないか。

 いつも雪が降っているような認識だが、直接ローランティアを見たわけではないので、アイリスも知識程度にしか知らなかった。


「よくこの国の言葉が分かりましたね。どこかで学ばれたのですか?」


「いや、母がこの国の出身でね。でも、出来るのは基本の会話程度で……。難しい単語やその地域独特の言葉や方言などは分からないよ」


 カインは苦笑しながらそう言っていたが、それでも彼の言葉はかなり流暢な方だと思う。

 こうしてカインと話していると、本当に霊体なのかと疑うほどに彼はちゃんと存在していた。


 だが、何気ない日々を全うし、穏やかな眠りについたカインを理不尽に叩き起こした者が確かにいるのだ。アイリスはどうしてもそのことが許せなかった。


 ふと空を見上げると、それほど時間が経っていないにも関わらず、空は闇の色へと近づいていた。

 もう、夜も近い。


 ハルージャはともかく、ミレットは夜目があまり利かないだろう。出来るだけカインと一緒に安全圏内で控えていて欲しい。


 ……もし、カインさんを狙う奴に魔具を渡せと言ったら、聞いてくれるかしら。


 確信とまでは言い切れないが恐らくスティルだ。教団に所属している者同士とは言え、交渉が決裂すれば強奪も厭わないつもりだ。その許可もすでにブレアから得ている。


 そして、なぜこのような事をするのか問い詰めたいと思っていた。


「……」


 クロイドが屋上への入り口の扉の方へと、勢いよく顔を向ける。


「クロイド?」


「……来たぞ」


 クロイドは低い声で静かにそれだけを答える。彼は鼻だけでなく耳もいい。恐らく、階段を上ってくる足音が聞こえたはずだ。


 アイリスはハルージャに目配せする。

 ハルージャは少し慌てたようにポケットから首飾りを取り出し、それを両手に挟み込むように持ちながら呪文を唱え始める。


「――我こそは、意思を持って壁を作るもの。東西南北の神々に告ぐ。力よ今ここに、来たれ」


 ハルージャの魔法によって、アイリスとクロイドの前にカイン達と隔てる透明な壁が現れる。

 これで防御の方は大丈夫だと二人は頷き合い、屋上の扉の方を凝視した。


 そして、扉はゆっくりと解き放たれる。


 暗闇でも分かるその人影は黒い外套のようなものを身体に纏っており、顔を見ることは出来ない。


「違う」


 クロイドの表情が強張った。


「違う、あれは……」


 少しだけ震えるようにも聞こえる声が安定することなく、言葉を続ける。そして、クロイドはアイリスにとって衝撃的なことを告げた。


「あれは、スティル・パトルじゃない」


「えっ?」


 アイリスが間抜けな声で聞き返したのも束の間、黒い外套を纏った人物はその者が持つ声で静かに言葉を発し始めた。

 穏やかだがその場全体に響く美しい声で突如、旋律を奏で始めたのだ。


「そんな……」


 アイリスも同じように目を丸くする。


 それは言葉のようで言葉ではない。

 美しい歌だった。耳に残り、囚われてしまう声。


「どうして、あの人が……」


 全くの予想外だ。関係がないはずだ。そう思っていても、耳に届くこの歌声を聞いてしまえば、間違いなどなかった。


 人影は頭に被っていた衣を取る。欠けた月に照らされたその姿は紛れも無い。


「ラザリー・アゲイル……!?」


 昇り始めた月の下で彼女は艶やかに微笑んでいた。

    

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