裏を歩く者達
「……では、今回の任務についての報告を受けようか」
ふっとブレアは真面目な表情へと戻ったため、アイリス達も同じく表情を引き締めてから、任務報告を始めた。
どのようにしてエディク・サラマンの行方を捜したのか、また彼が二週間程前に、すでにセプス・アヴァールの手によって魔物と化し、その身がブリティオン王国へと輸送されたことまでを感情を含めないまま静かに告げた。
セプス・アヴァールの背後にはブリティオン王国のローレンス家が関わっていることを告げれば、ブレアの表情が更に顰められる。彼女もそこで「ローレンス家」の名が出るとは思っていなかったのだろう。
「……そうか、エディクは……」
アイリス達がオスクリダ島で起きた全てのことを報告し終えると、何とも言い難い表情でブレアは黙り込む。
教団に属していたエディク・サラマンはブレアにとっては友人の一人だった。だからこそ、彼のその後について、色々と思うことがあるのだろう。
それでも彼女は感情を表に出すことはせずに、淡々と受けているように思えた。
ブレアの鋼の心は尊敬するに値するとともに、彼女の心にいつか二度と修復できない大きな傷が入ってしまわないか心配でもあった。
「エディクの件についてはまた後で、詳細をまとめた報告書を提出してくれ。その報告書を持って、私も上層部にこの件を詳しく伝えておくよ」
「分かりました。それと、セプス・アヴァールが書き残していた実験についての記録書やクリキ・カールの手記のことですが……。それらの証拠を元に、魔物討伐課のジェイド副課長が報告書を書くと言っていたので、ブレアさんの手元に回ってくるのは遅くなると思いますが、宜しいでしょうか」
「ああ、構わないよ。……多分、ジェイドが直接手渡しに来るだろうし、あいつの目から見たオスクリダ島についても報告を受けたいからな」
それにしても、とブレアは呟き、低く唸った。
「……人間が魔物化する、か……。ありえない話ではないが、まさか身近で起きるとは思わなかったな。しかも、裏で糸を引いているのがブリティオンのローレンス家となると……」
この短期間で、再びその名を聞くとは思っていなかったのだろう。
セリフィアがイグノラントへと彼女の兄の花嫁候補を探しに来た件から始まり、先日のラザリーの件と、教団襲撃の件、そして今回のオスクリダ島での件と立て続けにブリティオンのローレンス家が関わって来ている。
ここまで関わりがある以上、ブリティオンのローレンス家が起こす行動に裏がないとは思えなかった。
「……ブリティオンのローレンス家は一体、何を望んでいるのでしょうか」
ぼそりと、アイリスは独り言のように呟く。考えても辿り着くことが出来ない答えがずっと立ちはだかっているような感覚だ。
「私も個人的な伝手を使って、探ってはいるのだが分からないままだ。だが、彼らが関わってくる件はこれで終わりではない気がするのは確かだな」
「……」
恐らく、ミレット辺りに情報を探らせようとしても、検索避けの結界がブリティオン側に張られているので情報を引き出したくても引き出せない状態なのだろう。
「アイリスもクロイドも、向こうのローレンス家からの接触にはくれぐれも気を付けてくれ」
「……はい」
緊張感の中、アイリスとクロイドが返事を返した時だ。隣室の部屋から再び、騒ぐような声が聞こえ始める。
しかし、声を聞く限りでは先輩達のものではない気がして、耳を澄ましていると課長室の扉が数回叩かれた。
「入ってくれ」
ブレアがはっきりと答えると、その扉は大きく開かれ、慌てたように人影が室内へと入ってくる。
入って来た人影は先程、話の中に出てきた魔物討伐課の副課長であるジェイドだった。様子を見る限りでは表情に少しだけ焦りのようなものが浮かんでいる。
「すまない、ブレア。突然、押しかけて」
ジェイドはソファに座っているアイリス達の方に視線を向けては軽く手を上げて、挨拶をしてきたため、アイリス達も頭を下げるだけに留めておいた。
「いや、構わないよ。ノックもせずに扉を開けて踏み込んでくる、どこぞの魔的審査課の課長もいるからね」
魔的審査課の課長とはアドルファス・ハワードのことだろう。一か月程前に彼が魔具調査課へと押し入ってきたことをブレアは暗に告げているようだ。
ジェイドもアドルファスのことを言っているのだと悟ったらしく、苦笑いしていたがすぐに表情を引き締めた。
「……それで急ぎの用事があるみたいだが、何かあったのか?」
ブレアが瞳を細めながら訊ねるとジェイドは苦いものを食べているような表情で頷き返す。
「ああ。……このあと、ライカとオスクリダ島の件について、上層部も参加する会議が開かれるらしいぞ」
「何だと? 思っていたよりも早かったな……」
顔を顰めつつ、ブレアは腕を組んだ。どうやら、すぐに会議が行われることは想定外だったらしい。
「そこで一つ、お前に……いや、魔具調査課の課長に確認に来たんだ」
ジェイドは課長机越しにブレアを見据えながら、感情を押し込めた表情で静かに訊ねる。
「ライカの後見人についてだが……」
「私が引き受けるつもりだ。いや、むしろ魔具調査課に所属する者全てが彼の後ろ盾だと思ってもらって構わない」
迷いなく答えるブレアの答えは最初から予想出来ていたもののようで、ジェイドは納得するように頷いた。
「それは心強い面子が揃っていることで。……個人でも相手にしたくはない奴らの集団だというのに、お前達が束になれば名ばかりの課長は手が出せないだろうな」
「ふっ……。まぁ、私の部下達がその辺りの貧弱共に心身ともに負ける気がしないのは否定しないでおこう」
「ははっ……。お前は相変わらず強気だな。……だからこそ、部下達が安心して戻って来ることが出来る居場所として成り立っているんだろうな、魔具調査課は」
ジェイドは話の中から、ライカを害する者が居れば、魔具調査課全体が敵になるということを読み取ったらしい。
先輩達の個別の実力を見てみれば、それぞれが何かに特化しており、高い能力を持っていることは確かだ。
先日の武闘大会では、先輩達はそれなりの順位に残っていたので戦闘能力も高く、また精神的にも強い人達なので、少しでも突っかかれば簡単に返り討ちにされることは明白だろう。
アイリスとクロイドは顔を見合わせて、そしてお互いに同意するように微妙な表情を浮かべながら頷き合っていた。




