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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
知湖の取引編
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尊重されるもの

 

「それだけではない。教団の団員の中には、自身の血統を異常な程に誇りに思っている面倒な奴もいてね……。君が純粋な血統ではないからと、色々と口を出してくる者もいるかもしれないんだ。他にも、魔物を心底、嫌っている奴もいて、魔物の血をその身に受けた君に刃を向けてくるようなことだって無いと言い切れないだろう」


 ブレアはちらり、とアイリスの方へと視線を向けて来る。


 アイリスも魔力無し(ウィザウト)であることから、入団当初は見知らぬ団員達から悪意ある様々な言葉を吐かれたことを思い出して、小さく眉を顰めた。


 もちろん、そのたびに模擬試合を申し込んで、徹底的に相手を潰していたが、今となっては青かった故の思い出だ。


「だから、君の意志をもう一度、確認しておきたい。ライカ・スウェン、君はこの教団に入り、何を望む? どのように生きることを望んでいるのか、それを教えて欲しいんだ」


 静かに問いかけられる言葉はただ、真摯だった。

 ブレアは相手の意志を尊重してくれる人間だ。だからこそ、ライカが望むものを知って、陰ながら支えたいと思っているのだろう。


「僕は……」


 ライカは一度、自身の両手に視線を落とした。

 そこにあるのは黒毛で覆われた獣の手だ。使い方を誤れば、その獣の手で他人を容易に傷付けることが出来るのだろう。


「魔力、というものを深く知りたいです。そして、魔法についても。少しずつでいいので、自分で魔力を制御出来るように身体を鍛えて……僕は、今まで知らなかったこちら側(・・・・)の世界を知っていきたいと思います」


 黒茶色に戻ることのない青い瞳は真っすぐとブレアを見据えていた。


「だから、優しくはないこの世界で生きるための術をたくさん学んで行きたいです。……強く、なるために」


 ライカの言葉にアイリスは思わず、はっとしてしまっていた。彼が告げた言葉と似ている決意を自分も数年前に誓ったからだ。


 家族を魔犬の手によって失ったアイリスが、仇を討つために滾る思いで決意した言葉と感情をライカも持っているように感じたのだ。


 ……絶対に、ライカを一人にさせたりはしない。


 どうか、復讐のためだけに人生を費やさないで欲しいと望むのは、傲慢で身勝手な願いだと分かっている。

 それでも、ライカには自分のように、何かを壊しながら進んで欲しくはなかったのだ。


「……分かった。私も君のその願いを受け入れるために、尽力すると約束しよう。他の課の誰が何と言おうとライカ・スウェンは魔具調査課に所属する団員だ。私の全力をもって、その立ち位置を保証すると誓うよ」


 ブレアは何かを心に決めたのか、先程よりも力強い瞳でライカへと視線を返していた。


 ブレアがライカの後ろ盾になってくれることに安堵したアイリスは、他の三人には気付かれないように溜息を吐いていた。


 ……ライカの立ち位置が明確になれば、私達も表立って守りやすくなるもの。


 絶対に、ライカを他の課に渡すわけにはいかないのだ。


 セプス・アヴァールが行っていたような「人体実験」は禁止されていても、それでも被験者として扱われる可能性は高いだろう。

 ライカの身体は教団が求めている情報が詰まっている状態だ。


 それでも、魔具調査課にその身を置いておく以上、他の課が容易に手を出すことは出来なくなるだろう。アイリスもブレアもそれを狙っているのだ。


 だが、ライカが魔具調査課に所属するという要望がすんなりと上層部に通ることはないとブレアは分かっていたため、最終確認も兼ねて、ライカの意志を今後も尊重するために先程のような質問をしたに違いない。


 ……ブレアさんは守ると決めた以上、絶対的にその対象を守る人だもの。


 そして、その守る対象の中には自分やクロイドだけではなく、もっとたくさんのものが含まれているのだろう。

 彼女のその懐の深さには、ただ感謝するばかりだ。


 いつか、自分もブレアに大きな恩返しが出来ればいいと思うが、きっとそう告げても彼女は笑って、首を横に振るだけだろう。

 せいぜい、「成人したら、一緒に酒場に行こう」といった願いなのかよくわからないことを言われそうだが、その時は自分が酒代を出すので、好きなだけお酒を飲んで欲しいと思っている。


「ライカの件については、後で課長会議による審議が行われるはずだ。……気構えなくても、私は徹底的に君を守るつもりだから、安心して欲しい」


「……ありがとうございます。お手数をおかけしてしまいますが、どうぞ宜しくお願い致します」


「そんなに畏まらないでくれ。君も教団──魔具調査課に所属することになれば、私達は上司と部下、そして先輩と後輩の関係となる。新人を守るのは上司と先輩の役目だろう?」


 ブレアが茶目っ気たっぷりにそう告げると、それまで緊張によって強張っていたライカの表情はふっと気が抜けたように柔らかいものになった。


「……はい」


 ブレアが告げた言葉は先程、ナシルがライカに向けて伝えた言葉と同じだった。


 だからこそ、彼も何か温かいものを感じ取ったのだろう。ライカの瞳には薄っすらとだが、涙らしきものが浮かんでいるように見えたのだ。


「正式に入団の件が通り次第、書類に署名をしてもらうことになるが、それまではゆっくりとしていてくれ。まだ、審議のための会議は開かれないだろうから」


「はい。ありがとうございます」


「それじゃあ、ライカには少しだけ席を外してもらってもいいだろうか。任務についての報告をアイリス達から受けなければならないからな」


 ブレアの言葉にライカはこくりと頷いてから、出されていた紅茶を一気に飲み干し、そして立ち上がる。


「……あの、魔具調査課の先輩達にはこの姿を見せても宜しいでしょうか」


 おずおずと言った様子でライカが訊ねるとブレアは了承するように頷き返した。


「ああ。あいつらも君がどのような過程で魔力を宿したのかは知っているから、構わないよ。……ただ、ユアンには気を付けて欲しい」


「え?」


 アイリスも何故、そこでユアンなのだろうかとつい首を傾げてしまう。


「ユアンは根っからの可愛いもの好きでな。そして、年下は男女関係なく可愛がる節があるんだ」


「は、はぁ……」


「ライカの今の状態を見てしまえば、きっと彼女は……獣の耳となっている君の耳を触ろうとするだろう。だから、もし触られることが嫌だったならば、はっきりと嫌だと言うんだ。いいね?」


「わ、分かりました……」


 ブレアの忠告にアイリスとクロイドは同意するように頷き合った。


 確かにユアンならば、今のライカの姿を見て、歓喜の叫びを上げてしまうに違いないだろう。彼女が思っている可愛いものの対象にライカの今の容姿はぴったりと当てはまるからだ。


 ライカは先程とは違った緊張感を持って、失礼しますと告げてから課長室から出て行った。


 そして、数秒程が経った後、予想通りにユアンの歓喜する声が扉越しに聞こえ始める。


 同時に、レイクがユアンを押し留めているような声も聞こえてきた。

 ミカとセルディが窘める声も聞こえるが、ナシルはライカに何か質問しているのか、隣室からの騒がしい声は暫く治まりそうにないようだ。


「……ユアンはあの発作みたいな症状が出なければ、優秀な一人前の魔法使いなんだけれどなぁ」


 どこか惜しむように呟かれたブレアの言葉をアイリス達は聞かなかったことにしておいた。

 

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