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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
知湖の取引編
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先輩の務め

 

 嘆きの夜明け団の本部へと到着したアイリス達は魔物討伐課の副課長であるジェイドの協力もあって、正式な団員ではないライカを本部の中へと入れることが出来た。


 本来ならば、咎められる行為だが今回は緊急であると同時に、明らかに魔物討伐課の落ち度という点が取り上げられることが分かっているため、そのことを盾にしての強行だったとも言える。


 とはいえ、ライカを教団に連れて来たのはいいものの、まだ彼に関しての入団手続きや審議などは行われておらず、受け入れ態勢が整っていないため、ひとまずは魔具調査課へと連れて行くことにした。


 ライカの存在は他の団員達から見て、異質に見えているだろう。それは魔力無し(ウィザウト)であるアイリスと同様の存在だと思えた。


 それならば、どんな人間であっても実力を認めて、受け入れてくれる魔具調査課に滞在させてもらおうと考えたのだ。

 魔具調査課ならば、「ブレア・ラミナ・スティアート」という力を持った人間の管轄内に入るため、ある意味、安全地帯と言ってもいいだろう。


 所属している先輩達も他人を見下したり、蔑むようなことはしない人達ばかりなので、事情を説明すれば、しばらくの間だけでも魔具調査課にライカを置かせてくれるかもしれない。


 イトやリアン、そしてジェイド達は一度、魔物討伐課の方に報告を入れにいくとのことなので、ライカのことはアイリス達に任せてもらうことにした。彼を魔物討伐課に連れて行けば、どのような目で見られるか、簡単に想像出来たからだ。

 ジェイドも報告を終えたあと、ブレアの元へと訪ねるつもりらしい。


 廊下を歩けば、フードを深く被っているライカを胡乱な瞳で見つめて来る団員達が多くいたが、誰も声をかけてこようとはしなかった。

 恐らく、彼らにはまだ、オスクリダ島での一件についての情報が回ってきていないのだろう。


 出来るならば、ライカの立ち位置がはっきりと確定するまではこちらに喧嘩を売るようなことはしないで欲しいと心からそう思う。

 でなければ、ライカについて何か一言でも言われてしまえば、自分はきっと、怒りと後悔任せに何かをやらかしてしまいそうだった。


 そんな感情を抱きつつもアイリス達はライカを連れて魔具調査課へと入った。


「ただいま、戻りました」


 扉を開いた先に、待っていたのは魔具調査課の先輩達だった。今日は任務がなかったのか、全員が揃っていた。


「アイリスちゃん、クロイド君……!」


「無事で良かった……」


 アイリス達が室内に入るなり、先輩達は自分達の無事を確認しては安堵の表情を浮かべていた。


 もしかすると、ジェイドが魔物討伐課に連絡していたが、その詳細がブレアにも報告されており、先輩達にも伝達されていたのかもしれない。


 後輩思いの先輩達のことだ。オスクリダ島での一件を耳に入れたならば、自分達を心から心配していただろうということは聞かなくても分かっていた。


 ユアンが真っ先にアイリスへと両手を広げてから、そして抱きしめてくる。

 そういえば、最初に会った時にも同じように抱きしめられたこと思い出したが、その時よりも抱きしめる腕の力が強い気がするのは気のせいではないだろう。


「う、ぐっ……。ユ、ユアン、先輩……」


 アイリスが息も切れ切れに声を震わせると、ユアンはぱっと腕を解いてから、涙目で見つめて来る。


「ううっ……。心配していたのよ? 凄く大変だったって聞いて……」


 瞳を潤ませながらユアンはもう一度、抱きしめてこようとしていたが、その首根っこをレイクによって掴まれ、後ろへと少しだけ引きずられる。


「おい、ユアン! アイリス達は疲れているんだから、そのくらいにしておけ」


「分かっているわよぉ。でも、凄く、凄く心配だったんだものっ!」


 頬を膨らませながら、ユアンは空になった両手でアイリスを掴もうと上下に振っていた。


「……ん? ああ、その子がライカ・スウェンか」


 それまでこちらの様子を見ていたナシルが眼鏡を指先で少し上にあげながら訊ねてくる。名前まで把握済みらしい。


「……はい。ライカ・スウェンと申します。突然の訪問となり、申し訳ありません」


 ライカは先輩達に視線を向けつつ、頭をゆっくりと下げた。やはり、知らない人間がいる場所に入るのは少し緊張しているようだ。


「とりあえず、室内に入りなよ。扉を開けっぱなしだと、廊下に声が響くからね。……セルディ、人数分のお茶を用意してくれる?」


「分かりました」


 ミカの言葉にセルディは頷き、お茶の準備に取り掛かった。ロサリアもすぐに立ち上がり、セルディの手伝いをしながらお茶菓子の用意をし始めている。


 クロイドが魔具調査課の扉を閉めれば、すぐにミカが盗聴防止用の魔法を室内全体にかけた。


 恐らく、他の課の団員から室内の会話を聞かれないようにするためだろう。時折、重要な任務内容について話す場合にはこのように盗聴防止用の魔法が室内にかけられることはあった。


「ブレアさんから話は聞いているよ。……オスクリダ島で何が起きたのかについても」


 ナシルは課長室の扉をじっと見つめながら、室内に響く声で呟く。


「だから、私達は私達なりに事前に話し合って、決めたことをここで伝えさせてもらう」


 ナシルの瞳はライカへとゆっくりと移され、そして小さく口元を緩ませる。


「正式に教団に入ることになれば、所属する場所が必要となる。だから──ライカ・スウェン。私達は君がこの魔具調査課に所属することを心から歓迎する」


「……」


 隣に立っているライカから、息を飲みこむような音が漏れ聞こえた。


「君がこれからどんな人間になっていくのだとしても、この魔具調査課が君の新しい居場所だと思ってくれて構わない」


 アイリスはちらりと他の先輩方へと視線を向ける。

 誰もが慈しむような、穏やかな表情を浮かべており、ナシルに同意するように頷いていた。


 どうやら、自分達が魔具調査課に戻って来る前に、ライカのことについて受け入れる態勢を整えてくれていたらしい。

 アイリスはそのことに対して、安堵とそして感謝の念を抱いていた。


「それ故に……」


 ナシルはライカへと近づき、そして目線を合わせるように屈んでから、顔を真っすぐと見上げた。


「君は今日から私達の後輩だ。後輩は先輩に守られるものだ。……君にとって何か辛いことや嫌なことがあれば私達を遠慮なく頼ってくれ。私達がそれらから君を守ると約束しよう。……それが先輩の務めだ」


 この中で年長者であるナシルが姉らしい笑みを浮かべてから、右手でライカの頭を優しく撫でる。


 ライカはその手を受け入れたまま顔を俯かせて、小さな声で「はい」と一言答えていた。

   

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