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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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威嚇

   

 カインを囮にする作戦を伝えると、ハルージャは従うことに少々不満そうな顔をしていたが、何とか承知してくれた。

 今回は本当にハルージャが大人しすぎるので、何かこっそりと企んでいるのではと逆に疑ってしまう。


 その日のお昼休みは軽く打ち合わせをするために、いつもアイリス達が昼食を摂っている場所にハルージャを呼び出していた。


 いつもは取り巻きを連れているが、取り巻き達は別の課に所属な上に、これから行う作戦は秘密であるため同席はさせないらしい。そこは公私を分けているらしく、少しだけ感心した。


 スティル・パトルはハルージャの直属ではないが一応彼女の上司の一人らしく、騙すことに抵抗はないのかと念のために聞いてみた。


 しかし、あまり親しくはないらしく、教団の規則を守らない者に関心は無いとのことだった。

 やはり、ハルージャはこちらが思っているよりも、意外と根は真面目なのだろうか。


「仕方ないですわね。まぁ、大役ですもの。私のように魔力も演技力も揃っている者は少なくてよ。大役を引き受けることに、感謝するがいいですわ!」


 ハルージャは今まさに高笑いしそうな笑みを浮かべていたが、すぐに気まずそうな表情をして、アイリスの方から視線を逸らした。


 突然どうしたのだろうかと思い、彼女の視線の先を見ると仏頂面をしたクロイドが冷めた目でハルージャの方を見ていた。


「……どうして睨んでいるのよ」


 呆れた口調でアイリスがクロイドだけに聞こえるように呟くと彼は「別に」と言うだけであった。


「それじゃあ、ハルージャ。スティルにこっちの作戦を覚られないように伝えておいてね」


「分かりましたわ。……スティルさんとはあまりお話したことないですが、一応上司の一人ですもの。上手いこと言って、私の演技で騙されていただきますわっ」


 どこかしらハルージャがやる気に見えるのは気のせいだろうか。


 だが、祓魔課の彼女なら自分達が直接、スティルと接触するよりも怪しまれることは無いだろう。

 何せアイリスの事が嫌いで好敵手のように見てくるハルージャだ。裏で作戦に協力しているとは思われまい。


 ハルージャは壁にもたれていた身体を起こして、アイリス達に背を向ける。次の授業へと向かうのだろう。


「……そういえば今夜、屋上に行くのでしょう?」


 少しだけこちらに顔を向けて、ハルージャが聞いてくる。


「え? ええ、そうよ」


「ふぅん……。まぁ、私も行って差しあげますわ」


「え……」


「何よ、悪いかしら? それに無事に作戦が成功したら、あの霊を除霊するのでしょう? 素人に除霊を任せることは出来ませんもの」


 そう呟くハルージャは嫌味でそう言っているのではなく、自分の仕事は素人には譲らない信念があると目で訴えかけているように見えた。

 それならば、任せるしかない。


「分かったわ。でも、もしかするとスティルと対峙するかもしれないのよ。その時は祓魔課から咎められないように庇ってあげる」


「まぁ、アイリスさんにしては大きい口を叩きますわね。……それでは私は早速、スティルさんのところへ行って参りますわ」


 ごきげんよう、と上品にそう言ってハルージャは校舎の中へと入っていく。


「……まぁ、あの子にしては今日は素直ね。おかげで順調に進んで助かるけど」


 ミレットは苦笑いしながらハルージャの背中を眺めていたが、やがて彼女も立ち上がる。


「さて、私はもう少し調べて準備することがあるから、先に戻るわね」


「ええ。あ……」


 アイリスも立ち上がって、ミレットの隣に近寄り、こっそりと耳打ちする。


「ねぇ、ハルージャの様子がおかしいと思わない? 素直過ぎるっていうか、こっちに協力的過ぎるというか……。何か怪しいのよね……」


 小さく呻くようにアイリスが呟くとミレットは面白そうに笑った。


「そりゃあそうよ。だって、あの子が嫌味を少しでも言おうとすると、クロイドが威嚇するんだもの」


「えっ?」


 やっぱり知らないか、とミレットは苦笑して、耳打ちしてくる。


「前にね、クロイドから相談されたの。ハルージャのアイリスに対する嫌味はどうすれば止めさせられるかって、ね。彼なりにアイリスのことを心配していたみたい」


 ぽかりと口を開けるアイリスは後ろの方から送られる視線に気づいてはいない。


「だから、下手に注意してもあの子の嫌味は止まらないから、ずっと威嚇でもして、アイリスの隣で守ってあげれば良いんじゃないって半分冗談で言ったんだけど……。どうやら実行しているみたいね」


 それじゃあ私は行くから、と言ってミレットはその場を立ち去る。そこにはアイリスとクロイドが二人だけ残された。


 ――彼なりにアイリスのことを心配していたみたい。


 ミレットの言葉が頭の中で復唱される。

 心配は相棒ならするものだろう。自分だってクロイドに対して、心配することはある。


「アイリス?」


 どうかしたのかと表情でクロイドが首を傾げている。


 確かにハルージャからの嫌味には飽き飽きしていた。彼女が自分を目の仇にしていることは分かっている。

 腹立たしいと思うことがあっても、それを仕方が無いことだとどこかで諦めていた。


 魔力がない自分が悔しいと認めてしまうことが、何より悔しかったから、出来るだけ無視をしようと思っていた。

 それなのに。


 自分が嫌味を言われることを嫌がっているのだと、彼は気づいていたのだ。気づいていて、自分が傷付かなくていいように、守ってくれていた。


 それがどうしようもなく嬉しくて、ついクロイドの方から顔を逸らしてしまう。

 どんな顔をして彼の方を見ればいいのか分からない。


 ありがとうと言うのも何だか小恥ずかしいし、逆に気を遣わせてしまって申し訳ない気もする。


 自分はクロイドに守られている。自分が以前、彼を守ると誓ったように、彼も自分を守ってくれていた。

 そう思うだけで、少し心が強くなれた気がした。


 アイリスは深呼吸してから、再びクロイドの方へと振り返る。


「ううん、何でもないわ」


 座っているクロイドに右手を差し伸べる。それを彼は躊躇せずに掴み、アイリスは引き上げるように彼を立たせた。


「行きましょう。授業が終わり次第、一度、教団に戻ってしっかり準備しないとね」


「そうだな」


 そっと、手を離す。

 その残った熱を忘れないようにクロイドから見えない位置で左手を重ねる。


 まだ感情としては成り立たないその思いを何と呼べばいいのか、アイリスは理解出来ないでいた。

   

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