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決意の瞳

 

 クリキ・カールによって綴られた手記を読み終えたアイリス達の間には何とも言えない空気が流れていた。

 読み終わったことに関して、言葉にすることを難しく思っているのかもしれない。そんな静けさの沈黙を破ったのはジェイドだった。


「……この手記は、報告書を書く際に使ってもいいだろうか」


 それを訊ねた相手はライカだった。ライカは強張っていた表情を少しだけ緩めてから、苦笑する。


「大丈夫だと思いますよ。……もう、オスクリダ島の神様を信じる人はここにはいませんから。だから……クリキ先生の願いを実行しなくてもいいんです。クリキ先生の願いは島の人達に神様の正体を知られないまま墓場に持って行くことでしたから……もう、叶っているんですよ」


 どこか他人事のようにそう呟いた気がしたのは気のせいだろうか。だが、ライカは薄く笑っているだけで、感情が読めない表情をしていた。


 オスクリダ島で起きたことに関する報告書を提出しなければ、今後の方針や対策について話し合いをするのは難しいだろう。

 大きな事柄を扱う場合、状況証拠や資料による証拠は必要不可欠で、それらがなければ上層部の話し合いが難航しかねないのだ。


 クリキ・カールの手記という重要な調査記録がある以上、報告書を書く際には、資料として詳しい内容が書きやすくなるに違いない。

 もちろん、その資料から後付けの証拠が必要になるので、手記に綴られていることが教団側で再確認するために実践されるのは間違いないだろう。


「クリキ先生は僕達……島の人間のために、神様の正体を隠し続けたんです。でも、その対象となる人間は、もう……僕だけですから。僕も神様のことを信じてはいないので、どうか気にしないで下さい」


 そう言って、ライカは何ともないと言わんばかりに苦笑していたのだ。──そんなこと、ないはずだと叫びたかった。


 ライカだって、島の神様のことを信じていたはずだ。その信仰心は重いものではなかったからこそ、クリキ・カールによって証明された神様の正体をすんなりと受け入れることが出来たのだろう。


 それでも信じていたものが崩れ去るということがどのようなことを意味しているのか、それを知っているアイリスは唇を小さく噛んでいた。


「ライカ……。お前が歳以上に落ち着いた考え方をする奴だとは分かっている。自分以外の人間に対して、気遣いが出来る奴だってことも。……それでもな、自分の心を殺してまで、他者の意に沿わなくてもいいんだぞ」


 ジェイドは右手をライカの方へと伸ばし、そして頭を撫でる。親と子のようにも見えるその光景だが、ライカは首を横に振ってから、笑って答えた。


「大丈夫です。……見えない神様以上に、信じているものがありますから」


 彼は言葉を呟き、そして凪のような瞳に光を宿らせる。重なったのは、一人の少女の面影だった。


 ……ライカが信じているものは、きっと──。


 脳裏に浮かんでくるのは、ライカとリッカが分かつ瞬間。リッカは最後までライカの身を案じており、そして一つの願いを言葉にしていた。


 自分の意思で道を選んで、生きて欲しい。


 今まで、受容的にしか生きていなかったからこそ、その言葉は告げられた。


 受け取るだけではなく、意識的に考え、疑い、そして選ぶ。それは人生において、何度も経験することだろう。

 リッカは最後の最後で、それを覚ったのだ。


「僕が信じているものが、僕の考えを支えてくれるんです。……だから、クリキ先生の手記をお好きなように、使って下さい。この先、オスクリダ島に関して何か嫌な言葉を言われることがあるかもしれません。少し傷つくことはあっても、僕は絶対に──立ち止まりませんから」


「……」


 青く光る瞳には強い意思が込められていた。それはライカが自分で考えて、選んで決めたことだという証拠だった。


「……分かった。だが、報告書に書いて欲しくない事柄があれば、遠慮せずに言ってくれ。俺はライカの意思を尊重したい」


「はい。お気遣い頂き、ありがとうございます」


 ライカは穏やかな表情を浮かべているが、きっと自身の身に起きた全てのことを話すつもりでいるのだろうとアイリスは密かに察していた。


「とりあえず、上層部へと上げる報告書を書いてから、オスクリダ島に関する件は審議されるだろう」


「……審議というと、この島をどうするか、ということでしょうか」


 クロイドの質問にジェイドは頷き返す。


「ああ。……この島は高い確率で関係者以外、立ち入り禁止とされるだろうな。一般市民にはとても見せられるような状態ではない」


「それは……」


 アイリスは零れそうになった言葉をぐっと、胸の奥へと押し留めた。何となく分かっていたこととは言え、やはりそうなるのかという虚しさのようなものが生まれてしまう。


「まず、人体実験が行われていた場所に入る人間は制限されるだろう。白い花もかなり危険な植物だとクリキ・カールの手記から分かっている以上、調査が終わり次第、焼却されるかもしれない」


 ジェイドは出来るだけ、私情を挟まないように話してくれているのだろう。そこにはライカだけでなく、アイリス達への気遣いが窺えた。


「そして今、オスクリダ島に住んでいたはずの住人が一晩で消えた、という隠しようのない事実がある。……彼らには悪いが、何かしらの大きな自然災害が起きて、亡くなったという表向きの理由を作り、一般市民には真実を隠すしかないだろうな。島も自然災害によって、近づけない状態で、入港に制限がかかるように調整してもらうことになるだろう」


「そんなこと、可能なんですか」


 ライカが瞳を瞬かせながら訊ねるとジェイドは首を縦に振ってから、言葉を続けた。


「さすがにオスクリダ島はイグノラントの領土だからな。その辺りは教団の上層部から、王宮……つまり、イグノラントの国王や宰相などに事情を伝えて、君主権限で島への立ち入りの制限を公表してもらうしかないだろう。……国王側には、島で人体実験が行われていたということは伏せられると思うけれどな」


 ジェイドの言葉に、クロイドは一瞬だけ反応しかけていたようだ。


 イグノラント王国の国王は、クロイドの実父だ。そして、向こうはクロイドが生きていることも教団に所属していることも知らないでいるらしい。


 だが、クロイドの実弟であるアルティウスはクロイドの事情を知っているため、彼らに対してそれぞれ複雑に思うこともあるのだろう。たとえ、数年分のわだかまりが解けたとしても。


  

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