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隠されたもの

 

『だが、島の人達が森の中へと入らなくても、そうはいかない場合だってある。それは教団の魔物討伐課による定期巡回だ。以前、私が属していた際に訪れた時には迷える森と呼ばれる奥深くまで入ることはなかったが、次回はどうだろうか。今のところ、森の奥まで入り、大穴を見つけたという報告は、以前読んだ報告書には書かれていなかった。だが次回の定期巡回では森の奥深くまで入り、そしてあの大穴がある場所を見つけてしまうかもしれない。そうなれば、大穴の底で眠っている者達の存在が明らかとなり、「神様」と「神隠し」の正体が知られてしまうだろう。もちろん、教団の者に手回しして、島の人達に真実を吹聴しないようにと釘を刺すことだって出来る。それでも、各々が持っている良心と正義感で島の人達の信仰心を覆そうとする者だって現れるかもしれない。だからこそ、真実を知るものは限定した方がいいだろうと考えた』


 次に綴られる文章に、アイリスはいつの間にか唇を噛んでいた。彼がこの決意をした時、どれほど心を擦切らせたのだろうと思いを寄せながら。


『私は全てを騙すことにしたのだ。島の人達も教団の者も、家族でさえも。誰にも話すことなく、「神様」は本当に存在しているものとして振舞った。罪悪感がなかったわけではない。神様に対して、信仰心を持っていたわけではない。ただ、臆病だっただけかもしれない。それでも、真実を伝えないまま、私は演じ続けた。オスクリダ島に住む、一人の住人として』


 押し寄せて来る感情を何と呼べばいいのか、分からなかった。ただ、胸の奥が力の限りに握りしめられる程に痛んだ。


『定期巡回に来る者達よりも先回りして、私は大穴がある一帯が見えないようにと結界を張ることにした。また、人が近づけないようにとあらゆる魔法を使うことで遠ざけた。そして、森の中を歩くための自作の地図を団員には渡すことにした。それは大穴がある場所を遠回りする地図となっており、団員達は思惑通りにその地図に沿って、森の中を進んでくれていた。私が「神様」と「神隠し」の存在に気付いた以降は、たびたび大穴へと訪れては敷地内に人が入れないようにと結界を張り直し続けた。絶対に、見つからないようにと隠し続けた』


 どうして、読むたびに何かが抉られていく気分になるのだろう。

 それはクリキ・カールの、「島人達が信じるものを守る」という、その決意が折れることなく、微塵も揺らがなかったからかもしれない。


『そして次に、何故この島には人工物のような大穴と通路が掘られているか、という疑問に対してだ。地上から掘ってある大穴までの高さは三階建ての家ほどで、人工的に掘られたようには思えなかったのだ。それならば、大穴が開くような自然的原因があったはずだと、私は地学に関する文献を漁り、調べることにした。そして、推測だが私なりの考えに辿り着く。──あの大穴は、何かしらの意図的な要因によって、造られた場所ではないのかと』


 アイリスはそこで、クリキ・カールが所蔵していた「墜ちた星の行方」と「造られし地形」といった本があったことを思い出した。


『だが、隕石によって造られたものとは思えなかった。通常、隕石が落下した場合に出来るのは楕円形の穴である。しかし、森の奥の大穴はどちらかと言えば、直円柱の形をしている。そして誰がどのような意図を持って、あの大穴へと続く通路を造ったのか──。さすがにそれ以上を解くことは出来なかった。通路は明らかに人工的だが、調査を進めても造られた理由が全く見えてこなかったのだ。それゆえに、大穴の存在理由も分からずにいた。だが、それでも諦めきれず、念のために私は大穴の底の土を診療所へと持って帰り、こっそりと分析することにした。教団の魔法課に持って行けば、すぐに調査結果が出るが、出来るだけ誰にも知られたくなかった私は一人で土に含まれている成分を調べることにしたのだ』


 一人で調べるためにはそれなりの労力と時間が必要だったのだろう。それでもクリキ・カールは他の誰かに頼ることは一切しなかったのだ。


『そして、土壌に含まれる成分の中に微かだが魔力が宿っていることを発見した。何故、このような場所に魔力が──そう思ったが、誰の魔力なのかまでは特定出来なかった。魔力の塊である魔具でなければ、長時間同じ状態を保つことは難しいだろう。だが、大穴の底の土壌は魔力がずっと蓄積したまま、消え去ることなく保たれたままだ。自然に魔力が発生することは稀に起きるが、それでも土壌周辺には魔力を保有するための核となるものは何も見当たらない。つまり、これらのことから分かるのは、誰かの手によって、土壌に魔力が宿される状況が起きたということだ。しかも、並み半端な魔力ではない。長い時間、同じ魔力を保ったままということがいかに驚くべきことなのか、それは一端の魔法使いである私にも理解出来た。この魔力を宿した者は只者ではない、と』


 アイリスは顔を上げてからクロイドの方へと視線を向ける。しかし、さすがのクロイドも土壌に魔力が宿っていることには気付かなかったらしく、首を横に振っていた。


 恐らく、かなり微量となる魔力だったため、周囲に魔力持ちが居る状況で感知するのは難しかったのだろう。


『大穴はどのような状況によって形成され、そして何が起きて、土壌に魔力を宿したのか──。そのようなこと、誰も分からないだろう。ただ、その影響を受けているのが大穴の底で咲いていた白く発光する花のようだ。白い花を持ち帰り、成分を調べてみたところ、毒草として位置づけられるものを発見することが出来た。この花を何かしらの方法で摂取することで、身体に幻覚症状や幻聴を引き起こし、更に中毒症状まで起こす成分が含まれていると分かった。試しに試薬を作り、実験台として小動物に投入してみたところ、通常の餌よりも白い花で作った試薬を混ぜた餌の方しか食べなくなり、やがて薬の摂取のし過ぎで衰弱していった。その一方で、一度接種してしまえば、微かに匂いを嗅いだだけでも、身体が引っ張られるように白い花がある場所へと誘導されていくことも確認できた。かなり中毒性が高いため、人間が接種すれば、ただではすまない状態になってしまうことは明らかだろう』


 クリキ・カールはセプス・アヴァールよりも早く、白く発光する花について調べていたようだ。


 黒いノートのページには白い花が模写されており、花が含んでいる成分や薬の作り方が詳細に書かれていた。

  

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