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沈黙する決意

 

『人に害を及ぼす毒草がどうしてこのような場所に生えているのか、新しい疑問を抱きつつも私は周囲を観察することにした。そして、穴底の壁に一つ、通路らしき道が掘られていることに気付く。明らかに人工的な道だ。怖気づくわけにはいかないと、魔法で身体を強化しつつ、洞窟らしい場所へと足を進め始めた。通路と呼ぶべきその洞窟は、思っていたよりも天井が高く、横幅も広かった。人間が通ることを想定しての作りだと察せられる。では、誰かがこの場所へ足を運んできていたのだろうかと考えたが、足跡は地面の上には残っていないようだ。真っすぐ、ただ真っすぐに進み続ける。そこがどこに通じているのかも知らないまま。長い時間を歩き続け、そして──辿り着いてしまった』


 クリキ・カールの手跡は相変わらず、丁寧かつ冷静なままだ。一文字として淀んではいなかった。


『通路の終わりとなる場所は見上げる程の穴が頭上に掘られていた。そして、石を意識的に積んで階段のようなものまで作られている。つまり、人間がこの場所を行き来していたことは明白だった。階段を上った先には、木製の板らしきものが張り付くように塞いでいた。もしかすると、この先は地上なのかもしれない。そんな予測をしながら、私は魔法を使って、穴を開けることにした。しかし、崩れ落ちてくる木屑と土の先にはまたもや壁となるものがあった。木製の壁だが、それにしては新しいもののように思われる。出口となった穴の外へと顔を出せば、そこは土台となる石と天井となる床らしき壁──つまり、どこかの家の下に繋がっていることに気付いた。耳を澄ましてみれば、遥か遠くから潮騒の音が聞こえてくる気がする。私は這い出るようにその家の床下へと潜りこみ、どこか外に出られる部分はないか探してみた。運よく換気口を見つけたため、そこから外を覗いてみれば見慣れた場所が視線の先にはあった。何と、自分がどこかの家の床下で這いずっていると思っていた場所は自分の勤務先である診療所の真下だったのだ』


 クリキ・カールが辿り着いた場所こそが、セプス・アヴァールが隠していた診療所の真下にある地下通路だったのだ。


『一体、誰がどのような目的でこの地下通路を作ったのだろうか。そして、まるで墓地のような大きな穴。これらは一体何なのか。知ろうとしているのに、答えは遠ざかっていく気がした。一度、帰宅した私はまた、素知らぬ顔で島の人達に話を聞くことにした。もちろん、地下に通路があることも、大きな穴が森の奥にあり、そこに「神隠し」にあったと思われる若者達が亡くなっていたことは伏せて。だが、やはり島の人達は地下通路も大穴のことも知らない様子だった』


 クリキ・カールがこの手記を書いていた頃には、大穴の上に巨石は埋まっていなかったらしい。


 それならば、一体、誰が巨石を置いたのかという話になってしまうので、とりあえず一旦は置いておくことにした。


『調査を続けるにつれて、我ながら何とずるい奴だろうかと何度も思った。本当ならば、若者達の遺体を家族に返さなければならないと分かっている。だが、思ってしまったのだ。もし、あの大穴が──島の人達が純粋に信じ続けている「神様」と「神隠し」の正体の一つだとするならば、そのことを伝えてはならないと思ったのだ。島の人達はただ、純粋に信じ続けている。だからこそ、私は彼らの透明な信仰心を踏みにじるようなことだけはしたくはなかった。そこに、死んだ者達に対する冒とくが含まれているのだとしても、島の人達に真実を伝えることは出来なかったのだ。私は、せめてもの報いとして、大穴に落ちた者達を土の下へと埋葬し、悼むことにした。彼らは神様の元へと行ったと、島の人達はそう思っているからこそ、これらの真実は隠し通さなければならなかった。──神様は幸せな世界になど、連れていってはいなかった。それどころか、二度と目を覚ませない魔法を使っているのかもしれない。……死んだ人間は生き返らないのだ』


 クリキ・カールが綴る文字を見て、アイリスは一瞬だけ震えそうになった。彼が見つけた真実こそがオスクリダ島の「神様」と「神隠し」の正体だ。


 大きく深い穴に足を滑らせて落ちたことで、人は身体に受けた衝撃によって死亡し、二度と生きて戻れなくなってしまった。そのことを人は神隠しと呼んでいたのだ。


『だが、いつ、どのような状況で神隠しという言葉が生まれたのか……。ここからは私の推論の域を出ないため、真に受けないで欲しい。今の島の人達には「神隠し」や「迷える森」という言葉で伝わっているが、本当ならば──あの大穴に人を近づけさせないための隠れ蓑だったのではないだろうか。神様が人を連れて行くという言葉は暗に、死んでいるということを意味しており、また迷える森から二度と出られない、という言葉も同じ意味のように捉えられる』


 一つずつ、クリキ・カールは解き明かすために、心を砕いていったのだろう。人々の信仰するものを疑う、という良心の呵責と戦いながら。


『そして、森の中に入ってはいけないという言葉こそが、島の人々をあの大穴へと近づけさせないための牽制だったのかもしれない。人の心は複雑なようで、単純だ。行くな、と言われればその先に何があるのか確認したくなる性分なのだろう。だからこそ、「神様」という存在を作り、信仰心を利用することで、聖なる領域と伝えられている迷える森に入らないようにと言い伝わってきたのではないだろうか』


 その言葉に誰かが引き攣った息を漏らした音が聞こえた。神様と神隠しの正体、そして言い伝えの由緒となる仮説がノートの上には並べられており、外部から来た自分達だからこそ、冷静なまま納得してしまいそうな言葉が書かれていたからだ。


『島の人達の神様への信仰心は揺るぐことなく確かなものだ。ここまで厚い信仰心を築き上げるために、一体どれほどの時間と、そして人が失われていったのだろうか。きっと、最初に神様を作り上げたものは心が弱い人間だったのかもしれない。弱く、脆く、そして──その者なりの方法で、他者を守ろうとした優しい人間なのだろう。そして、私もまた、その者に倣うように、全てを秘密にしたまま、これからも生きて行くのだ。ここに綴る戯言のような懺悔と共に、島の人達を見守りながら、全てを墓場まで持って行くのだろう』


 アイリスがその文章を読んだ時、決してそれがクリキ・カールの懺悔だとは思えなかった。むしろ、決意のように思えたのだ。


 島人達の純粋さによって生まれた信仰心を守るために、彼は全てを知った上で沈黙することを選んだのだ。

  

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