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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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目論み

  

 昼間は学生をしているアイリスは教団の人間として表立った行動は出来ないため、いつも通り大人しく振舞っていた。

 ただ、教室内の女子生徒の視線がいつもより鋭いのは気のせいではないだろう。


「……見られているわねぇ、アイリス」


 自分をからかっているのか、女子生徒達に呆れているのか分からない口調でミレットもアイリスと同じように溜息を吐いていた。


「ここ最近、ずっとよ。全く、私が何をしたっていうのよ」


 今、自分は他人の視線に構うどころではないのだ。カインを助けるためにはどの方法が一番上手くいくのか、授業中でさえも考えていた。

 頭からカインの不安そうな表情が拭えないため、出来るなら早めにこの案件を解決したかった。


「――アイリス」


 目の前の席に座っているクロイドが後ろを振り向く。


「考えたんだが、こういうのはどうだろうか。……ハルージャに幽霊を捕まえたと嘘の情報を流してもらうんだ」


「ハルージャに?」


「だが、提供されている情報とは違う幽霊だったから、普通に除霊すると言ってもらえば、本当に違う幽霊なのか確認のために動くはずだろう?」


 確かに捕まえた幽霊が本当に情報と違うかどうか確認しに来るかもしれない。

 だが、そう簡単にカインを狙っている奴が動いてくれるだろうか。


「場所が学園内である以上、除霊もしくは捕縛するとしても、人が居ない時間を狙うしかない。そうなると、動くのは夜だろう」


「つまり、夜の時間に屋上で私達が待ち伏せするってこと?」


「そういうことだな」


 クロイドも同じように色々と考えていたらしい。

 この作戦ならば常にカインの傍で追っ手を待ち伏せすればいいので、彼を危ない目に合わせる確率が低くなるはずだ。


「でも、それって追っ手とは別の、他の課の奴が来る可能性だってあるわよ」


 クロイドの提案を聞いていたミレットは腕を組んで小さく唸る。


「……それはどうかな」


 どこか呆れたような表情でクロイドはふっと顔を上げて、教室の扉の方へと視線を向けた。

 しかし、そこには誰もいない。


「クロイド?」


「……スティル・パトルの匂いが最近、近いんだ」


「えっ……」


 まさかの発言にアイリスとミレットは同時に顔を顰める。

 匂いが近い、ということはすぐ傍まで来ていたということを意味しているからだ。


「俺達がこうやって学園内に居る時も外に居る時も、教団内に居る時も。すぐ近くではないが、明らかに彼が近辺にいた証拠として匂いがその場に残っているんだ」


 確かにスティルは「幽霊」を捕獲するという任務に対して積極的に動いている人間だ。学園内にいようが、教団にいようが不審ではないが――。


「それ、私達がずっと付けられているってこと?」


 自分ではあまり言いたくはない言葉だ。

 だが、そうとしか思えなかった。


「正確に言えば……アイリスが狙いだと思うわ」


 ミレットがあまりにも真面目な顔でそう言うので、アイリスは先ほどよりも更に嫌そうな顔をしてみせた。


「あまり言おうとは思っていなかったんだけどね、アイリスの安全のためにも知らせておくわ」


 深い溜息を吐きながら、周りに聞き耳を立てている人が居ないか確認してから、ミレットは手帳を開いていく。


「スティルはこっそりとだけれど、アイリスの事を色々と調べているみたいなの」


「げっ」


 アイリスは顔を引きつらせ、クロイドの目線は自然と鋭くなる。


「情報課って他の課に情報を提供するだけじゃなくって、教団に所属している人の情報も管理しているのよね。まぁ、ほとんどが個人情報の塊だから、情報課以外の団員はそう簡単には情報は引き出せないし、持ち出せないようになっているんだけど……」


 そこでミレットは何故か気まずそうにアイリスの顔を窺って来る。


「アイリスの情報が記載されている書類が、管理されている場所から消えていたのよ」


「っ!」


 背筋に冷たいものが流れた。

 恐れなど生易しい表現では表せないそれは、アイリスを動揺させるには十分だった。


「もちろん、情報課では情報の取り扱いには十分に注意しているわ。夜には魔法で結界を張って、盗まれないように対策だってしている」


 淡々とミレットは話しているようだが彼女の顔は暗かった。

 そこで何かに気づいたクロイドがはっと、顔を上げた。


「まさか、情報課の奴が……」


 情報課の人間ならば情報を持ち出すことは簡単だろう。誰かが自分の意思で他の人間に分からないようにアイリスに関する情報を持っていったとしか考えられなかった。


「多分、ね。念のために、『千里眼』を使って書類がどこにあるのか探してみたのよ」


 ミレットの得意魔法『千里眼』は自身が見たい、知りたいと思う光景、もの、人、情報などを彼女の魔具である手帳に記してくれる魔法だ。


 それは絵でもあり、文字でもあり様々な方法で知ることが出来るらしい。

 その魔法のおかげで今まで色々と助けてもらっている。


 ミレットは黙ったまま、手帳のとあるページを開き、アイリスとクロイドに見せてくる。


「――『スティル・パトル』」


 消えない文字が、そこには記されていた。

 全身から汗が吹き出そうだった。


「気持ち悪いな」


 アイリスが言いたいことを代弁してくれるように、クロイドが低い声でそう言った。


「だが、スティル・パトルが怪しいことはこれで間違いないだろう。幽霊を捕まえて何をしたいのかは分からないが、これ以上野放しにしていたら、何かしらアイリスに危害を加えてくる可能性だって出てくるかもしれない」


 クロイドがアイリスの方へと視線を動かし、そして真っ直ぐと強い意思の込められた瞳を向けて来る。


「そんな事、絶対にさせない」


 その言葉だけで、十分だった。


 それ以上、安心できるものなどないと言い切れる程、彼の言葉にアイリスは胸を打たれた。

 これは動揺か、信頼かそれともまた別のものなのか。


「今夜、作戦を決行しよう。その前にミレットはハルージャに協力して貰えるように頼んできてくれないか? 詳しくは昼休みに話し合おう、と」


「分かったわ」


 ミレットが席を立ち、ハルージャがいる教室の方へと急ぎ足で向かう。

 それを見送ってから、クロイドは再びアイリスの方を振り向く。


 今度は鋭い狼のような瞳ではなく、いつもの穏やかだが頼りがいのある相棒の顔で彼は不敵に小さく笑ってこう言った。


「奴を迎え撃つぞ」


 大丈夫だと、言っているようだった。

 だから、安心していいのだと。


「……ええ、もちろんよ」


 アイリスも少しだけ顔を引きつらせながらも何とか笑うことが出来た。


 大丈夫だ。

 自分には頼れる相棒と友人がいる。


 スティルが何を考えているのかは分からないが、彼の企みを阻止しなければカインも自分の身も危うくなるのは分かっている。


 彼が魔具を持っているならば、「奇跡狩り」で彼を立件する事も出来るし、それを証拠にこの「幽霊」を捕まえる任務の全容も見えてくるだろう。


 そして、彼が目論む真実も。



 それでも、アイリスの手先はずっと冷たいままで、温もりが戻ることはなかった。

 

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