天井の蓋
それに気付いたのは、ほとんど偶然と言っても良いだろう。
頭上から、小さな石の欠片がこつりと頭に落ちて来たため、何だろうかと思い、顔を上へと上げたことでそれは判明した。
「……」
白い花が咲いている空間の頭上には、ただ同じように掘られた空洞があるだけだと思っていたのだ。だが、違った。
例えるならば今、自分達が立っている場所が鍋の底だとして、空洞として掘られている場所に普通ならば存在しない、「蓋」らしきものが真上にはあったのだ。
「何を見ているんだ、アイリス?」
アイリスがぽかりと口を開けて、頭上を見上げていることに気付いたクロイドも同じように顔を上へと向けてから──固まった。
「何だ、あれは……」
こちら側へと反るように「蓋」は食い込んで見えた。どうしてそう思えたのかというと、天井となっている反った岩石らしきものが、この空洞の壁となっているものとは別の色合いをしていたからである。
今まで自分達が通って来た地下通路やこの空間の壁となっている岩石は比較的に茶色の色合いをしているというのに、頭上で曲線を描くように埋まって見える天井ははっきりとした白色だ。
所々は欠けているようだが、誰の手も届かない高い場所の天井となる岩石がどうして欠けているのだろうかと不思議に思わないわけがなかった。
「どうしたの?」
「何か、見つけましたか?」
リアンとイトも呆けているアイリス達が視線を向けている方向へと見上げてから、同じように固まっていた。やはり、同様のことを思っているらしい。
「どこかで……見たような……」
アイリスの呟きにはっと我に返ったのはクロイドだった。
「迷える森の中で見た、巨石に似ていないか?」
「あっ……」
「確かに……」
クロイドの言葉に賛同するように他の二人も驚きの声を上げる。
確かに森の中で見た巨石は白い色をしていた。直接触ることは出来なかったが質感も似ているように思えるし、その大きさも先日見ていたものと適合しているように思えた。
四人で騒いでいる声を聞きつけたのか、ジェイドが不思議なものを見るように、頭上を見上げながら歩いてきた。
「何だ? 天井の岩がどうかしたのか?」
「恐らくなのですが、天井の岩が……私達が迷える森で見つけた巨石と同じもののように思えまして」
「何だと?」
ジェイドの表情が訝しげなものへと変わり、睨むように頭上へと鋭い視線を向ける。
「それは防御魔法がかけられている巨石のことだよな?」
「ええ、そうです」
「ふむ……」
ジェイドは少し考える素振りを見せてから、両手剣を目の前へと構えた。そして、意識を集中させるように一度、瞳を閉じてから剣を頭上へと向けて勢いよく掲げた。
「風斬り!」
ジェイドが掲げていた両手剣の刃の内側から突如として風が発生し、それはやがて半月を描いた突風となり、天井の岩石へと突っ込んで行く。
風の魔法が巨石に触れたと思った瞬間、その魔法はまるで壁に跳ね返されるように一瞬にして霧散していく。その一方で、天井には傷一つさえ付いてはいなかった。
それは天井の岩石が、アイリス達が森で見つけた巨石と同じものだという証拠だった。
「っ……。……なるほどな。巨石全体に攻撃を跳ね返す防御の魔法がかけられているってことか」
「でも、何のためにわざわざ防御魔法を……?」
「まぁ、考えられるとすれば、この場所に蓋をしているということだろうな」
ジェイドは剣を鞘へと収め直してから、腕を組みつつ、頭上を見上げる。
「診療所の地下から、この場所までは常に一本道だった。他に出入り口になりそうな場所と言えば、この天井となっている部分だけだろうよ。出入口となる場所に蓋をしているということは、何かを外に出さないようにするためか、もしくは……外から見えないようにするに塞がれているのかもしれないな」
「……」
ジェイドの推測にはなるほどと思える点が多くあった。だが、巨石がこの場所に蓋をするためのはっきりとした理由は解けないままだ。
「せめて、この島の地形図とか、古い記述が記載された歴史書とかがあれば読み解けるかもしれないけれどなぁ……。状況証拠だけだと、分からない部分があまりにも多すぎる」
この島にはもう、古い歴史を知っていそうな者はいなかった。ライカだけが、昨夜の惨劇において唯一の生き残りであるからだ。
その時、今まで黙っていたライカがふっと顔を上げて、言葉を発したのである。
「あの……。恐らくですが島誌のようなものならあると思います」
「えっ……」
その場にいた全員が一斉にライカの方へと振り返った。
「と言っても、つい最近までこの島に関する郷土誌なんてなかったのですが、前任の医師であるクリキ・カール先生が、昔から島に残っている資料や古文書、島の老人達の話を聞きとりしたものをまとめて、編纂していたんです」
はっきりした声で、ライカは全員に話が聞こえるようにと言葉の続きを話す。
「ですが、完成することはありませんでした。……セプス先生がこの島に来ていなければ、今頃は島誌として学校の図書館にでも置いてあったと思います」
どこか悔しがるようにライカは顔を顰めながら答える。だが、すぐに彼はでも、と言葉を続けた。
「もしかすると、クリキ先生が住んでいた家になら、その島誌を作る際に使っていた資料や編纂のための原稿が残っているかもしれません。……まぁ、その家もいつのまにかセプス先生が我が物顔で住んでいたので、クリキ先生の私物が残っていればの話ですが」
ライカの言葉を聞いて、ジェイドは顎に手を添えながら小さく唸るように答えた。
「クリキ・カール……。俺が若い頃に会ったことがあるな」
「えっ……」
ジェイド以外の全員が、驚いた表情で声を上げると彼は少しだけ気恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。
「元は教団の修道課に所属していた人でな。若かった俺が魔物討伐の際によく怪我をしていて、彼に治療を何度か施してもらったことがあるんだよ。まぁ、俺もそんなに親しい間柄じゃなかったから詳しくは知らないが、確か十数年前くらいに本部から離れて、別の場所で活動していると聞いていたが……この島だったんだな」
何かを惜しんでいるのか、それとも懐かしんでいるのかは分からないが、ジェイドの視線は細められたまま、白い岩石の天井へと向けられていた。




