悼まれるもの
「この石以外に文字が刻まれているものがあるか、探してみるか」
「そうね、念のために……」
アイリスとクロイドが哀悼の言葉が刻まれた石を見つめている時だった。
後方から、わっと驚くような声が沸き上がったため、二人は同時に立ち上がっては振り返る。
少し離れた先でジェイド達が何かを囲むように立っており、それぞれが曇った表情を見せていた。
一体、何を見つけたのだろうかと近付き、そして彼らが視線を向けているものを瞳に映せば、アイリスとクロイドは驚きと困惑によって同時に固まってしまっていた。
花が咲いていない地面から、枝を伸ばすように白く細いものが露わとなって、突き出ていたのだ。まるで、その場は獣によって土を荒々しく掘り起こされたような現場となっていたのである。
土の中から覗かせる白いものがかなり異質に感じられ、誰しもが言葉を失っているように思えた。
「っ……」
白く細いものの正体はわざわざ説明されなくても、どのようなものなのかすぐに察することが出来た。
地面に半分ほど、埋まっていたのは──明らかに人間の骨だったからだ。
最初は大型か中型の動物の骨かと思ったが、そう思えなかったのは、学園で生物の授業を受ける際に一度は見たことがある頭蓋骨の標本と似たものが地中から顔を覗かせていたからである。
くすんだ白の存在感は想像以上にアイリス達の間に、重い沈黙を生んで行く。重くなってしまった雰囲気を最初に突き破ったのはジェイドだった。
「おいおい……。何でこんな場所に人間の骨が埋まっているんだよ……」
荒事に慣れているとは言え、ジェイドの額にも汗が浮かんでいるようだ。
魔物討伐課では魔物と対峙する際に団員側にも被害が出ることがあるため、生々しい現場には慣れているはずだが、それでもジェイドは引き攣るような顔で埋まっている骨を見下ろしている。
「でも、最近のものではないようですよ。随分と昔に亡くなった方のようです」
周囲にはところどころ盛り上がっては、固められている土があり、恐らくその下には同じように骨が埋められているのだろうと何となく察することが出来た。
そして、それは明らかに人間の手によって、土が盛られた場所だと気付く。誰かが意図的にこの人骨達を埋めたのだろう。
今、見えている骨は獣か何かが地面を掘ったことで、部分的に露わになっているようだ。
アイリスは足元に広がるように埋まっている骨を踏まないように注意しながら、見渡していく。
どうやら、この骨たちは花が咲いていない場所に埋まっているらしく、地面が見えている場所は一度、人の手が加えられているような跡も見受けられた。
……だから、この場所で眠る者達を悼む言葉があの石に刻んであったのかしら。
埋めてある骨たちはあまりにも無数で、もはや数も数えきれないほどだ。
だが、セプスが埋めたものではないことは安易に想像出来た。それは恐らく、一年やそこらで死んだ人間の骨ではないと素人ながらに察することが出来る状況だからだろう。
セプスならば埋めることもせずに、笑顔を浮かべたまま足で踏み砕いていくに違いない。彼は人の死を嘲笑い、尊ぶことはしない人間だということは昨夜、対峙しただけで嫌と言う程に理解していた。
「──ジェイドさん。あちらの石に文字が刻まれていました」
アイリスは先程見ていた、植物の陰に隠れるように佇んでいる石に向かって指をさした。
「そこには『ここに、眠るもの達に、神の幸福があらんことを』と刻まれていました。文字は新しく、そしてセプス・アヴァールではなく他の誰かによって書かれたものだと思います」
「なに?」
アイリスの言葉を確かめるために、ジェイドや他の団員達も文字が刻まれている石へと近付き、そして読み終えたと同時に少し悲しみを含んだような瞳へと変えた。
「死者を悼むような言葉だな……。もしかすると、この文字を刻んだ者が無数の人骨を土の下に埋めた者なのかもしれない」
「でも、どうしてこんな場所で……? まさか、この場所が墓地なわけがないし……」
「確か、島内には共同墓地があったわよね?」
スロイドの呟きに対して、フィオルがオスクリダ島の地図を鞄から取り出して、島内の共同墓地がある場所を指さした。
「ええ、島内には墓地がありましたよ。見回りの際に近くを通りました。診療所からは少し離れた場所でしたが……」
イトもスロイド達の会話に同意するように頷き返している。
それならば、どうしてこのような場所に人骨が埋められているのだろうか。誰かの手で連れて来られ、殺されたのか、それとも──。
「……人骨も教団に持って帰れば、いつ死んだものなのかくらいは調べられるだろうが、出来るならばここから持ち出したくはないな」
「……」
ジェイドの言葉にその場に居る者達は同様のことを思っているらしく、沈黙が流れた。
眠っている死者を掘り起こすことは、死者に対して礼節をわきまえていない冒涜行為だろう。この地に埋められているのならば、調べるためとはいえ、表に出すようなことはしたくなかった。
「……とにかく、埋葬されている人骨については一度、置いておこう。今はこの植物を採取して、それから成分を調べるのが先決だ」
「はい」
ジェイドの指示に従うように、全員が頷き返す。植物の成分を調べることは魔的審査課の団員達に任せておいて大丈夫だろう。
それよりも、他にも何かこの場所から見つかるものがあるかもしれないため、念入りに周囲を調査するべきだとアイリスは再び、視線を巡らせることにした。




