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匂いの在りか

 

 再び、ジェイド達と合流したアイリスは実験場として使われていた場所で、セプスが実験をする際に使用したものを押収してから、一度、昼休憩を取ることにした。


 さすがに早朝から動きっぱなしであるため、体力がある団員達が揃っているとは言え、それぞれの顔に少し疲れが見て取れた。もしかすると、精神的疲労の方が大きいのかもしれない。


 だが、人体実験が行われていた場所で食事を摂りたくはなかったため、少し場所を移動してから、腰掛けるような岩さえない通路に座り込み、各々食事を摂った。


 食事と言っても、どこででも食べられる上に長持ちする保存食で、中身はクッキーのような生地に、乾燥している野菜や肉、豆がすり潰して練り込まれている棒状のお菓子に似たものである。


 美味しいかと言われれば、決して頷ける味ではないが、食べないよりはましだと思えるものとなっている。

 遠くの地へと派遣される遠征部隊などではよく食べられているらしく、味の改良や保存食の種類を増やして欲しいとの要望が魔物討伐課を中心に出ているらしい。


「──さて、食べ終わったな?」


 ジェイドがその場にいる全員を見渡していく。その言葉に応えるように全員が同時に頷き返した。


「セプス・アヴァールが使っていた道具や薬品と言ったものはほとんど押収出来たと言ってもいい。だが、一つだけ疑問が残っている」


 そう言って、ジェイドはまだ先に続いている通路へと視線を向けた。幅は先程とあまり変わらない洞窟のような場所だが、奥に続いているのは確かだろう。


「イト達の報告によれば、セプス・アヴァールは幻覚作用と中毒症状を起こす成分が含まれた植物を薬として使用していたとのことだ。だが、実験場からは作られた薬が入った瓶は見つかっても、そのような植物は一つとして見つかることはなかった。……確か、地上の森の中にも甘い匂いを放つ植物は確認出来なかったんだよな?」


 ジェイドは再度、確認するようにイトへと訊ねる。


「はい。少なくとも、診療所に近い場所には生息していませんでしたね。……例の巨石の周辺にも見当たりませんでした」


 イトの返事を聞いてから、ジェイドは納得するように大きく頷き、言葉を続ける。


「それならば、この通路の奥に例の植物が生息している可能性があると考えられるな」


 ジェイドの声は通路内によく響いた。


 アイリス達も地上の森の中を歩き回ったが、セプスが使っていた薬と同じような甘い匂いがする植物は見かけていないため、もし生息しているならばこの地下通路の奥かもしれないと推測していた。


「道を進めば進む程、植物の匂いを体内に入れてしまう危険性は高くなるだろう。そのため、幻覚作用と中毒症状が出ないように、事前に防御魔法をそれぞれの身体にかけておきたいと思う」


 ジェイドの言葉に同意するようにその場に居る者達は頷き返した。


「具合が悪くなりそうならば、すぐに例の植物から離れてほしい。──ラリオン、頼んだぞ」


「はい」


 魔的審査課のラリオンが一歩、前へと出てから一人ずつ、防御となる魔法をかけていく。

 対人を専門とする課に所属していることもあり、ラリオンはあっという間に慣れた手際でその場にいる全員に魔法をかけ終えた。


「……よし、行くか」


 全員の準備が整ったことを確認してから、ジェイドはまだ踏み入れていない通路へと進むべく、一歩を踏み出す。その際に見た横顔は少し強張っているように見えた。


 この先には未知しかないため、魔物討伐課の副課長として名を馳せているジェイドもさすがに、肩に力が入っているようだ。


 アイリスも腰に下げている長剣がいつでも抜けるようにと、柄に手を添えたまま歩き始めた。



・・・・・・・・・・・



 通路は今までと同じ光景がずっと続いているままで、景色に特に変化があるわけではなかった。


 だが、多くの足跡が地面の上に残っているため、セプスが魔物を使って、この通路を行き来していたことが窺えた。

 それはこの先にあるはずの場所に、用があったセプスが頻繁に訪れていたという証拠でもある。


 時間的には昼を過ぎてから、一時間程が経った頃だろう。途中で休憩を挟んでは、再び歩くことを繰り返していた。


 黙々と歩き続ける者達の顔には少し疲労の色が見えているが、誰も愚痴をこぼす者はおらず、小さな緊張感がずっと流れたままだった。


 その時だ。

 クロイドとライカが何かに反応するように、顔をぱっと上に上げたのである。


「どうしたの?」


「……あの植物の匂いがする。鼻の奥に残るような甘く、重い匂いだ」


 クロイドは意識を集中させているのか、眉間にしわを寄せた表情でそう告げる。


 アイリスも自身の嗅覚に意識を集中させてみたが、香るのは湿ったような土の匂いばかりで、それ以外の匂いは感じられなかった。やはり、犬並みの嗅覚を持っているクロイドにしか、感じ取れないらしい。


 しかし、嗅覚が鋭いのはクロイドだけではなく、半魔物化しているライカも同様のようだ。


 ライカは口元に右手を覆うように添えつつ、眉を中央へと思いっきりに寄せて、気難しい顔をしていた。


「ライカ、大丈夫?」


 アイリスはライカの背中に手を置きながら、そっと訊ねる。


 ライカはセプスによって、中毒症状と幻覚作用がある植物を薬にしたものを体内に投与されているため、「匂い」を感じれば、それを無意識に求めてしまう身体になってしまっているのだ。


 それは一度でも摂取すれば、渇望するように身体が薬を摂取しようと求めてしまうのだと、ライカは悔しそうに言っていたことを思い出して、アイリスは彼の顔色を窺った。


「……匂いははっきりと嗅ぎ分けられましたが、先程かけて頂いた魔法が効いているのか、身体があの甘い匂いを求めているような感じはしないので、大丈夫だと思います」


 ライカは首を縦に振ってから、すぐにしっかりした顔付きへと戻った。顔色は悪くないため、無理にそう言っているわけではなさそうだ。


「そう……。でも、だからと言って、無理矢理に嗅ぎ過ぎないようにね」


「はい」


 恐らく、例の植物の生息地が近いのだろう。クロイド達の言葉を耳に入れたのか、周囲からは糸を張ったような緊張感が生まれていく。


 毒に対する耐性を付与する魔法と防御魔法がそれぞれの身体にかけられているが、やはり例の植物に対してどれほどの効果があるのか分からないため、その場に居る者達の表情は少し強張っているように見えた。

  

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