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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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囮作戦

 

 遅い時間にブレアを訪ねるのもはばかられ、明くる日、朝食を食べ終わってから、アイリス達は課長室へと赴いた。

 昨夜、学園内で起きた一連の出来事を全て話すをブレアは腕を組んで小さく唸った。


「私は……いえ、『(アルバ)』としてはその幽霊を助けたいと思っています。ただ、命令違反になるとは思いますが」


「うーん……。確かに話を聞く限りでは、何もないんだよな、その幽霊は。だからこそ、他の課が躍起になって探しているのが怪しいというか」


「あの、ブレア課長。……カインさんの話に出てきた霊達を吸い込んだものって、魔具だと思うのですが」


 クロイドが横から顔色を伺うように話を切り出す。


「恐らく、そうだな」


 まるで確信しているかのようにブレアも強く頷いた。

 すると扉を叩く音が響き、ミレットが課長室へと入ってくる。


「――失礼します。……アイリス、昨日の話に出てきた魔具について調べてきたわよ」


 にやりとミレットが笑ったということは、何か見つけたのだろうか。


「ブレアさん、アイリス達から聞いていると思いますが、例の魔具、『封魂器(ふうこんき)』と呼ばれる魔具らしいです」


「封魂器?」


 聞いた事がない魔具であるため、つい首を傾げそうになる。一体、どのような力を持っている魔具なのだろうか。


「見た目は小さな壺なんだけれどね、呪文を唱えたらその壺の中に一時的だけれど霊を集めて閉じ込められるらしいのよ。あまり、除霊とかの道具には使われないけどね」


 そして、ミレットはブレアの机の上にいくつかの書類を置いた。


「でも、この教団の中でそんな魔具を使っている人も、地下に保管されている魔具の中にもそのような魔具はありませんでした。似たような魔具があるかどうか調べましたが、一つとして当てはまるものもなかったですね」


 ブレアはミレットから差し出された資料にさっと目を通していき、やがて口の端を上げて笑った。


「ミレット、さすがだな」


 その言葉にミレットも満足そうに大きく頷く。

 だが、ミレットとブレアの会話の内容が把握出来そうで出来ていないアイリスとクロイドは顔を見合わせた。


 ミレットがくるりと二人の方を向き直り、人差し指を立てて、得意げな顔をする。


「魔具って言うものはね、教団の地下に保管されているものも、所有している人がいるものも全て、一度は魔法課に『こういう魔具ですー』『私がこの魔具を所有しています、使いますー』って申請を出さなきゃいけないのよ」


 それは知っている。

 自分だって使っている魔具は全て、一度は魔法課で現物と書類を提出して、使っても問題がないか確認をとってもらってから使用している。


「つまりは、例の魔具は所有の申請が出されていないのよ」


 そこでアイリスははっと気付き、ブレアを見る。彼女は何か面白いものを見るように笑いながら頷いた。


「そうだ。そこで我々、魔具調査課の本来の出番って訳さ」


 同じく気付いたクロイドもアイリスの方を振り向く。アイリスは意味ありげな笑みを浮かべて、口元を緩ませた。


「教団の者であっても、申請が出されていない魔具は世に出回っている所有者がいない魔具と同じだ。誰であろうが、『奇跡狩り』の邪魔をしてはならないのが、この教団の暗黙の規則だからな」


 おさらいをするかのようにブレアは得意げに人差し指を立てつつ、鼻を鳴らす。


「それじゃあ、その例の魔具を確保すれば……」


「カインさんを追いかけている奴から、彼を助ける事が出来るというわけだな」


 クロイドもこの「奇跡狩り」に賛成らしく力強く頷いてくれた。

 だが、ミレットは少し困ったように肩を落とした。


「でも、どうやってその魔具を持っている奴を見つけるかが問題なのよ」


「あー……。魔力探知結晶で探せないこともないけれど……」


 アイリスが持っている魔力探知結晶は、魔力を発している物や人を探してくれる魔具だ。これを探したい、見つけたいと念じるだけで探し当ててくれるのでかなり重宝している。


「でも、他の課の奴に幽霊を助けていると気付かれたら、まずくないか?」


「……あえて、その手に乗ってみるか」


 ミレットが口元に右手を当てつつ、ぼそりと呟く。


「え?」


「ねぇ、カインさんには申し訳ないけど、囮になってもらうのはどうかしら」


 ミレットからのまさかの提案にアイリスは驚きのあまり、口をあんぐりと開けてしまう。


「魔具を持っている奴はカインさんを狙って追いかけている訳だから、上手いこと逃げてもらって、私たちは待ち伏せするって、どう?」


「どう、って……」


 カインの身に危険が及ぶことは間違いないだろう。

 もしかすると捕まってしまう可能性が高くなるかもしれない。


「それは、本人に相談した方が良くないか?」


「確かにそうね。あと一応、カインさんには魔防の霊符をもたせておくわ。そうすれば、他者からの攻撃をある程度なら防いでくれるはずだから。……そこは安心していいわよ、アイリス」


 霊符とは紙に呪文が綴られた霊体に効く札の事だ。もちろん、霊体を浄化させるためにも使用できるのだが、この場合は霊体を外敵から保全するための護符のことを意味している。

 魔物討伐課ではあまり使わないが、祓魔課などでは霊体の物体に対してよく使用しているらしい。


 自分がカインの身を案じて心配していることはすでにミレットにはお見通しだったらしく、アイリスは曖昧な笑顔で頷き返した。


「どうやら、お前達の意思ははっきりと決まったみたいだな」


 アイリス達はブレアの方へと振り返り、首を縦に振る。


「それでは改めて任務を『(アルバ)』に言い渡す。使用許可の出されていない魔具、『封魂器(ふうこんき)』を回収せよ」


「はい!」


「ミレットも引き続き、こいつらを補佐してやってくれ」


「分かりました」


 だが、それでもブレアの表情が晴れることはなかった。先日と同じで、彼女の表情は自分達に向けて何かを言いたいが我慢しているようにも見えたのだ。


「っ……。ブレアさん!」


 自分の養い親でもあり、剣の師匠でもあり、心からもっとも尊敬し、信頼している人。


 いつも自信満々で、冗談も言えるくらい気さくな人。

 揺るがない信念を持ち、自分が目標とする強さを持つ人。


 そんな人が今、これほどの表情をしているのに、アイリスは気の利いた言葉をかけることが出来なかった。


「何だ」


 そして、彼女は何事もなかったかのように眼鏡の縁を少し上へと上げて、首を小さく傾げる。そこに先程の表情はない。


「気をつけて行ってこいよ」


 ブレアはそれだけしか言わない。だから、自分も何も言えない。

 だが、何も語らないというなら、結果でブレアを安心させるしかないのだ。


「……行って来ます!」


 ブレアの瞳を見据えてアイリスは力強く頷き、彼女に背中を向けた。

 迷うよりも、動くことしか出来ないならば、見守ってくれるブレアのためにも進むしかないのだ。

 


・・・・・・・・・・・



 課長室の扉から出て行った三人の後ろ姿を見つつ、ブレアは唇をかみしめて、一人小さく呟いた。


「……すまない、アイリス」


 その小さくも大きくなった背中をブレアは目を伏せて見送るしかなかった。




      

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