表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
519/782

太陽の君

 

 無言が続く中、自分の右隣りから温かいものを感じたアイリスは何となく顔を上げてみる。いつの間にか、自分の隣にはクロイドが腰掛けており、肩を寄せ合うように密着していた。


「……アイリスの良いところと悪いところは本当に表裏一体だな」


「……」


「誰かを救いたい、誰かのために。その心を持っていることは、人として温かみがある部分だと思う。君のそういう真っすぐな心に惹かれる人は多いだろう。俺だって、君のことは太陽みたいに眩しく思える時があるからな」


 クロイドはそう語りつつも、アイリスの方を見ようとはしなかった。どこを見ているのか分からない視線は少しだけ細められていく。


 彼はそんな風に自分のことを思っていたのかと、アイリスは瞳をクロイドから逸らした。


「だが、太陽は自らを燃やしながら、他人を照らす存在だ。……君も同じように、誰かのために全力を尽くしては、支えている存在となっているんだと思う。それでも──」


 ふいにクロイドがアイリスの方へと振り返った気配がした。


「君が燃え尽きてしまわないか、不安なんだ」


 泣きそうな声で告げられる言葉にアイリスは目を大きく見開いた。


「君の優しさこそが、命取りになってしまう気がして、俺は不安でならない。誰かのために伸ばした手が届かなかった時こそ、君自身は大きく傷ついてく。自分のせいだ、自分に力がなかったからだって、己を責めていく。……そうだろう?」


 アイリスは気付いた時には顔を上げており、クロイドの黒い瞳を真っすぐと見ていた。


 どうして、自分が抱えていることが分かってしまうのだろうかと、アイリスは途端にくしゃりと表情を歪ませる。

 涙は出ていないが、泣いてしまいそうだった。自分は泣いてもいい立場ではないというのに。


「……君とずっと一緒に居て、君のことばかり考えていれば、どのような考えや感情を持つのかくらい分かるさ」


 穏やかに告げる言葉と共に、クロイドは左手をアイリスの頭の上に置いてから、ゆっくりと撫でていく。


「君が誰かを守りたいと思っているように、俺だってアイリスの事を……君の心を守りたいと思っている。だから、全てを自分のせいにして、背負い過ぎないでくれ」


「……」


「君が抱いている自責と後悔は一人で背負うべきものではない。……俺も、イトもリアンも皆がそれぞれ同じように思っている。ただ、言わないだけだ」


 クロイドはアイリスを見つめていた瞳を頭上の方へと逸らしながら、悔いるような声色で呟く。


「誰かのせいに出来るならば、それほど楽なことはないだろう。だが、そんなことは許されないと思うし、自分に許したくはない。だからこそ……自分以外のために動くことで、無意識に生きることを許してもらおうとしているのかもしれない。……君も、そうなのだろう?」


「……私、は……」


 クロイドの言う通りだ。

 自分のせいだと罵られても構わないと思っているはずなのに、それでも生きることを許して欲しくて、誰かのためだと言い訳しながら自分はこの両手を使っているのだろう。


 ……私は、ずるい人間だわ。


 救いたかった、だけど救えなかった。

 それは事実だ。


 自分がどれだけ全力を尽くしても、叶えられないものがあるのは分かっている。そのことに対して、強く自責しては、自分はまた、許してもらうためにこの手に剣を握るのだろう。


 そうやって、終わりがないまま積み重ねていくしかないのだ。


 淀みが身体の奥底に溜まっていく気がした。流れ落ちることなく、蓄積されていく負の感情は重く、そして自分を現実へと引き戻すものの一つとなるのだ。


 これからも自分は負の感情を身体に取り入れては、何のために生きているのか自覚し直すに違いない。


「……」


 アイリスは両足に力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。それにつられるように、クロイドも立ち上がった。


「私は覚悟を決めて、向かい合おうとしても、いつも尻込みして怯えてばかりだわ」


「……君だけじゃない。俺もそうだ。だが、どんなことにも心が揺らされず、狂気的な信念を持っていたとしても、それは決して良いことばかりではないはずだ」


「……そうね」


 クロイドが誰のことを言っているのか、聞かずとも察したアイリスは小さく頷き返す。

 狂ったように己を信じ続けることがいかに破滅に繋がるのか知っている。


 ……まだ、私の心は揺れているままだわ。


 それでも、自分が選んだものを覆すことは出来ないと分かっている。


 隣に立っているクロイドに気付かれないように、両拳を強く握りしめてから、アイリスは真っすぐに顔を上げた。


「クロイド。……教団に戻ったら、あなたの力を貸して欲しいの」


 アイリスは揺るがない意思を込めた瞳で、クロイドを見つめる。


「ライカのことを見守ると決めた以上、半魔物化している彼をそのままにはしておけないわ。魔力を制御する方法を身に着けさせないと」


「そうだな。その辺りは、俺が指導しよう」


 クロイドは魔犬から受けた呪いによって、その身を黒い犬へと変化させることが出来る。そのため、半魔物化しているライカとある意味、近しい存在と言えた。


 彼が持っている感覚ならば、ライカにどのように魔力を制御すればいいのか、上手く伝わるだろう。


「……たくさんのことを教えなきゃ」


 これから、ライカが生きていく世界は今まで過ごしてきたものとは全くの別物だ。そして、自分はその場所へ連れて行くと決めたのだ。


「大丈夫だ、俺もいる。……それだけじゃない。イトやリアンも……他にも頼れる人はいる」


「……ええ」


 ぽんっとクロイドがアイリスの背中を軽く叩いて来る。

 まだ、身体の奥に沈んだものは重いままだが、それでも進まなければならないため、アイリスはゆっくりと足を一歩踏み出した。


「……戻りましょう。まだ、この島でやることは残っているわ」


「ああ」


 アイリスはクロイドとともに、先程の開けた場所へと戻るべく、歩み始める。


 自分はきっと、割り切れないまま生きていくことになるのだろう。何度も後悔しては立ち止まるのかもしれない。

 今のように動けなくなる時が、またいつかやって来るのかもしれない。


 ……それでも、私は進む。


 残された者を守るために、自分は進み続けなければならないと無理矢理に納得するしかないのだ。

    

 

「暁編」の「友達」に挿絵を追加致しました。

それと、公募に少し集中したいので、今後の更新は三日に一度に変更させて頂きたいと思います。大変、ご迷惑をおかけしますが、ご了承のほど、宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ