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後悔の一手

 

「……僕達も半分、悪いですから」


 ジェイドの呟きに対して、そう答えたのはライカだった。自身の身体を包み込むように両腕で抱きつつ、彼は壁を染めている色をどこか呆然とした表情で眺めていた。


「疑いもせず、受け入れることしかしてこなかった僕達もセプス先生の愚行を許してしまった原因です。島の人は皆、穏やかでお人好しばかりでしたから」


「──悪くなんかない」


 アイリスは咄嗟にライカに向けて言い返していた。


「あなた達は悪くなんかないわ。だって……ライカ達は普通に暮らしていただけでしょう? どうしてそれが悪いの。あなたもリッカも……島の誰もがただ、平穏に生きていただけなのに……!」


「アイリスさん……」


 感情的になってはならないと分かっているのに、アイリスはそう訴えずにはいられなかった。アイリスの声は開けた空間を満たすように響いていく。


 その場に居る全員が自分に視線を向けていると気付いたアイリスはライカから身体ごと目を逸らし、踵を返した。


「……ごめんなさい。ちょっと、頭を冷やしてくるわ」


 冷静さを失ったままでは、自分の言動は他の者への迷惑となるだろうと判断したアイリスは制止する声に振り返らないまま、歩いてきた通路の方へと少し、足を戻していく。


 進める足はひたすら重く、鉄製の枷がはめられているようにも思えた。


 オスクリダ島で起きた件に関して、最も悪だと呼べるのはセプス・アヴァールだ。それは間違いない。そして彼の背後にいるブリティオンのローレンス家も一枚噛んでいる。


 彼らこそがオスクリダ島の島人達の幸せを奪った根源だと言ってもいい。

 だが──。


 ……私も、その悪とも呼べる行為に手を貸したようなものだわ。


 先程の開けた場所から見えないところでアイリスは立ち止まり、自分の両手に視線を落とす。


 付着していた血は全て洗い落とし、汚れていた服だって着替えている。それでもこの手から、魔物と化した島人達を斬った際の感触がどうしても拭えないのだ。


 匂いを嗅いでしまえば、まだそこに血の匂いが残っているような気がして、アイリスは手を顔から離した。

 そして、何度だって確認するのだ──自分は、人を、斬ったのか、ということを。


「……っ」


 握りしめ直した左手の拳で、アイリスはすぐ傍の壁を叩くように殴った。手に残る痛みだけが自分を現実へと引き戻す。


 そう、全てが現実だ。夢などではない。


 セプス・アヴァールが島人達へ行ったことも、島人達が魔物へと身を堕としたことも、リッカが消え去ることを選んだことも。

 何もかもが現実だ。


「私、は……」


 零れてしまう言葉の先を続けることは出来ない。それでも、心にぽつりと一つだけ浮かんできた。


 ……関わらなかったならば、島の人達の命が昨夜限りで終わることなんて、なかったのに。


 セプスへと近付いたことで、彼が行っていた実験を早めてしまったことは間違いないだろう。

 今更、悔やんでも仕方がないことだと分かっているのに、自分のせいではないかと怯えずにはいられなかった。


 ……前にも、同じように思っていたことがあったわね。


 数週間前に命を落としたラザリー・アゲイルのことを思い出し、アイリスは唇を強く噛んだ。


 彼女の生死には間違いなく自分が関わっていた。干渉していなければ、生きていたかもしれないという考えが頭の中で巡り回って仕方がなかったのだ。


 クロイドからは、人の生死を自分のせいにすることは良くないと言われているが、自分が関わっていることは事実で、その結果がどうなったのかは分かり切ったことである。


 ……ローレンス家は他人の死の上を歩く。


 セプスが自分に向けて言っていた言葉を思い出す。まるでローレンスの血を継ぐ者の存在こそが災厄だと言わんばかりに、嘲る声が耳の奥に残っている。


 自分は、今までどれだけの人の生死に関わってきたのだろうか。そして、これからどれだけの人の死に関わり、見送ることになるのか。


 ……落ち着いて、飲み込まれてはいけないわ。


 自分の精神状態があまり良くないことは分かっている。それは昨晩からの出来事で頭がいっぱいになり、脳内での処理能力が追いついていないことも関わっているだろう。


 アイリスは岩石の壁に背中を添えるようにしながら、その場にうずくまる。


 ……どうして、私は壊すことしか出来ないのだろう。どうして、救うことは出来ないのだろう。


 魔力を持っていたならば、自分にも出来ることがあったかもしれない。リッカを助けることが出来たかもしれない。


 アイリスは唇を噛みながら、額を折り曲げている膝へと押し付ける。


 自分の無力さを恨んでも何も変わらないと分かっている。それでも、自分が力を持っていたならば、救うことが出来たかもしれないという微かな望みとも言える傲慢さを捨て切れないでいた。


「──アイリス」


 足音が近づいてきて、自分の前でぴたりと止まる。誰なのか分かっているアイリスは顔を上げなかった。


 だが、彼が次に告げる言葉がどのようなものか知っているアイリスはわざと先回りをする。


「……私のせいじゃない、って言うんでしょう」


「……」


 図星だったのか、それともアイリスの出方を窺っているのかクロイドは無言のままだ。


「強く、なり切れないの。私は……昨夜、起きた全ての出来事が自分のせいではなかったって、割り切れないの」


 優しさが欲しいわけでも、慰めて欲しいわけでもない。今の自分は、何を選び取ることが正しかったのか、分からないまま愚痴を言っているようなものだ。


「何を考えても……もう、分からないのよ」


 正しさとは何だろうか。自分は感情で動いてしまう人間だと自覚している。

 だから、自分の中にある天秤がどちらかに傾いてしまった時、その最後の一手は感情が後押ししているのだろう。


 その時(・・・)はそれこそが正しいと思っていても、後からこうやって後悔するならば、どれかを選び取っても何も変わらないのではないかと思わずにはいられなかった。


    

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