半分の嘘と真実
「……ライカ・スウェンです。宜しくお願いします」
抑揚ない声色でライカがジェイド達へと挨拶をする。きっと彼自身もジェイド達が何に驚いているのか分かっているのだろう。
ライカの瞳は未だに青く、そして耳と手足は黒毛の獣のままだ。ジェイドはすぐに表情を真剣なものへと変えてから、一歩ずつライカの方へと進んで行く。
立ち並べば、まるで親子のように見える光景だが、ライカは自身よりも数倍程の体格をしているジェイドの気迫に押されることなく、真っすぐと背筋を伸ばしたままである。
「……事情は聞いている。だが、これだけは約束しよう。教団は君を害するようなことは絶対にしない」
「……」
ジェイドは真剣な表情のまま、ライカの頭に手を置いてから、がしがしと我が子に接すように撫でていく。
「後は俺達がこの島で起きたことを調べておくから、今はゆっくりと休んでいるといい。……昨晩は色々と大変だったんだろう」
「……いえ」
ジェイドの言葉にライカはか細い声で返事を返す。
「セプス先生が僕に……僕達、オスクリダ島の人間に何をしたのか、身を以て知っているのは自分だけですから。……それに自分の感情に整理をつけたいんです。あなた方が今から調べることについて、僕も同行させて下さい」
12歳の少年とは思えないほどにライカの言葉は淡々としていた。ライカの返事に対して、ジェイドは少しだけ困ったような表情で、アイリス達に視線を向けてくる。
これからライカ自身として生きていくためには、知らなければならないことや知りたいことがあるのだろう。
例え、彼にとって残酷だと思えるものと直面することになるのだとしても、ライカは視線を逸らさずに受け止めていきたいに違いない。
だからこそアイリスは、ライカの意思を尊重したいと思った。
「ライカの傍には私達がいますので、どうか同行を許可して頂けないでしょうか」
「だが、アイリス達も昨晩は寝ていないと聞いているぞ? 動いて平気なのか?」
「……眠れなかったという言葉の方が正しいかもしれません」
目を閉じてしまえば、真っ赤に染まっていく光景が瞼の裏側に焼き付いて離れなかったからこそ、眠れなかったと言ってもいいだろう。
耳の奥には未だに、自分が刃を突き立てた相手の最期の叫びが張り付いて残っていた。
アイリスがそう答えるとジェイドはどこか同情の意味を込めたような表情で首を縦に振る。
「……分かった。ただし、一つ条件がある。……各々の体調が悪くなったら、すぐに休むこと。いいな?」
子どもへと言い付けるようにジェイドがライカへと伝えると、ライカはすぐに了承するように頷いた。
「それじゃあ、さっそく実験を行っていた地下通路とやらに行ってみるか。森の奥に置かれている巨石も気になっているが、それは後回しにさせてもらう。まずはセプス・アヴァールが実験を行っていた現場を確認してから、どのような状況だったのかを把握していきたい」
目線をライカに合わせていたジェイドは真っすぐと背を伸ばしてから、肩にかけている荷物を背負い直す。
「ですが、その地下通路はかなり長いようでした。もし長期間、調査するつもりならばそれなりの食料を持って行った方がいいと思います」
イトと一緒に、セプスに地下の通路へと連れて行かれたアイリスも同意するように頷く。
何と言っても、大きな檻がずらりと並んでいたあの空間はかなり奥まで続いているようだった。まだ、魔物が残っている可能性もあるため、食料や装備をしっかりと整えてから向かった方がいいだろう。
「そうだな。食料は人数分以上の保存食を一週間分ほど持って来ているから、あとで各自に配ろう。……ああ、それともう一つ伝えなければならないことがあった」
足を進みかけていたジェイドはアイリス達の方へと振り返る。
「オスクリダ島に来る前に、この島と本土を結んでいる定期船があるだろう。……その船を暫くの間、運休させて来た。だから明日、来る予定だった定期船は来ないから、帰りは俺達と同じ船に乗ってもらうことになる」
「えっ!?」
一体、どういうことだろうかとアイリスがつい声を上げると、ジェイドは少しだけ困ったような表情になる。
「状況が状況だからな。調査がしやすいように念のためにと思い、色んな権限を使って、運休させたんだ。一般人にこの件を干渉されるわけにはいかないからな。……だが、やっておいて正解だったようだ。一週間前まで居たはずの島の人間が突然、いなくなったことを一般人が知ってしまえば、何もかもが明るみに出てしまうだろうからな」
「……」
ジェイドなりの気遣いだったらしい。
確かに、たった一週間でオスクリダ島に住んでいた人間がライカ一人だけになったと世間に知られてしまえば、予想出来ない程の混乱が起きてしまうだろう。
「……しかし、話を聞いただけでも現状はかなり酷い。やはり、オスクリダ島は今後、完全に立ち入り禁止にするしかないだろう。……その辺りの情報操作もやらなければならないかもしれないな」
オスクリダ島で密かに人体実験が行われていた上に、その島の人間が全て消え去ったという情報が出回ってしまえば、人体実験の唯一の生き残りであるライカに注目が集まってしまうかもしれない。
これから、抗うように生きようとしているライカが平穏に暮らすことが出来なくなる事態だけは避けたいため、世間にオスクリダ島への立ち入りを禁止すると公表する際にはそれなりの表だった理由が必要となってくるだろう。
……隠された真実ほど、人は知りたくなる生き物だもの。
無理矢理に押し通すように隠してしまえば、人は更に真実を追い求めようとオスクリダ島で起きた出来事に干渉するだろう。
そのためには半分の嘘と半分の真実が必要となってくるのだ。
……そして、私はその嘘と真実を背負って、生きていく。
オスクリダ島で起きたこと、そして自分が行ったことを覚えたまま生きていく。
忘れることだけは、絶対に許したくはなかった。




