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静かな朝

 

 眠ってはいなかったはずなのに、いつの間にか目を閉じていたアイリスは瞼の裏側が明るくなってきた気がして、ゆっくりと瞳を開いていく。


 視界に広がるのは、明るい空とどこまでも続いている青い海。


 美しいとも言える景色であるはずなのに、今の自分にとっては眩し過ぎて、目を閉じたくなってしまう光景だ。


「……朝、か」


 呟いたのはすぐ傍に立っているクロイドだ。彼もどうやら眠っていないらしく、疲れは表情に出ているものの、アイリスが目を閉じる前と立ち位置は変わっていなかった。

 きっと、彼のことなので、念のために離れることなく傍に控えてくれていたのかもしれない。


 座り込んでいるアイリスの腕の中には力無くうなだれているライカが丸くなっていた。


 時折、鼻をすする音が聞こえるため、ライカも眠っているわけではなく、ただ目を閉じているだけのようだ。


 校舎の屋根上から運動場を見渡してみれば、そこには血飛沫の跡が広範囲に残っているだけで、何もない。

 斬り倒された魔物達は浄化の炎によって、すでに燃え尽くされたのだろう。


「……イトとリアンは」


 運動場には二人の姿が見えないようだが、アイリスが目を閉じている間に、どこかに行ってしまったようだ。


「二人なら、船着き場に向かった。……地平線から、船が島に向かって来ているのが見えたから、様子を見に行ったんだろう」


「……そう」


 船が来たということは、教団へと応援として要請していた魔物討伐課と魔的審査課の団員がやって来てくれたのかもしれない。


 首都であるロディアートからオスクリダ島まではかなり時間がかかる道のりとなっているが、思っていたよりも到着が早かったことにアイリスは短く安堵を込めた息を吐いた。


 アイリス達が佇んでいる場所は数時間前と変わらない、校舎の屋根上だ。


 動くことが出来ないまま、呆然としているライカを慰めるようにアイリスは寄り添い続けていたが、いつのまにか夜が明けていたらしい。


 ……早朝がこれ程までに静かなんて、初めてだわ。


 アイリス達がオスクリダ島で過ごした数日間がどのようなものだったのか、はっきりと覚えている。


 オスクリダ島に住んでいる人達の朝はいつも早く、夜が明ければ船着き場と集落からは賑やかな声が聞こえ始めていたが、その声は決して耳障りなものではなく、気分が明るくなるものだった。


 だが、今は何も聞こえない。

 ただ、潮騒の音だけが耳に入っては抜けていく。


 寂しさのようなものが心に浮かんできてしまい、アイリスは海から視線を逸らした。


 アイリスが何を思っているのか、クロイドは察しているらしく、特に話しかけては来ないままどこか遠くを見ているようだ。


 無言が続く中、離れた場所から潮騒とは別の音が響いてくる。どうやら船が船着き場に到着したらしい。


「……イト達と合流して、魔物討伐課の団員達に事情を説明しに行きましょう」


 アイリスはライカを抱えたまま立ち上がろうとしたが、起きていたライカはアイリスの腕から抜けると、自力で立ち上がった。


 彼の瞳はいまだに青く、耳も柔らかく尖っており、手足は獣のものと同じままだ。時間が経った今でも、半魔物化は解けていないらしい。


 だが、元に戻す方法が分からないため、このままの姿で居てもらうしかなかった。


 ライカの表情は一晩、泣き腫らしたことで目元が赤くなっており、無数の涙の線が頬に出来ていた。それでも彼の顔付きはしっかりしており、その横顔にどこかリッカを重ねてしまう。


「ライカ……」


「僕なら大丈夫です。……行きましょう」


 声は震えてはいなかった。それどころかしっかりし過ぎているのではと思える程に、彼の背中は真っすぐと伸ばされている。


 無理をしている気がして、どのような言葉をかければいいのか迷っているアイリスの肩にクロイドの手が載せられる。振り返るとそこには唇をぐっと閉じているクロイドが首を横に振っていた。


 ライカの意思に任せようという意味なのだろう。


 アイリスはライカの方へと向き直り、頷き返す。

 船着き場へと向かうためにアイリス達は学校の校舎の屋根上から下りることにした。


「……」


 この島で一番高い場所である校舎の屋根上から、アイリスは迷える森の方へと視線を向ける。

 瞳に映しても昨日と何も変わらない、深い森がただそこにあるだけだ。


 自らを燃やしながら、離れて行くように飛び去ったリッカはどこへと向かったのだろうか。森に足を運べば、どこかで会えるだろうか。


 そんな甘い考えを振り捨てるようにアイリスは首を横に振ってから、迷える森へと背を向けた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 船着き場には、小型船が2艘泊まっていた。古びている船に見えるが、船長らしき人影はおらず、団員が魔法を使ってここまで操縦してきたのだろう。

 そのため、通常の船よりも速く航行することが出来たのかもしれない。


 視線を向ければ、一番背が高く、がっしりとした身体つきの30代くらいの男とイトが言葉を交わしていた。


 その後ろには他の団員である男女4人が周囲を警戒するように見渡しつつ、それぞれの魔具を装備しているようだ。


「……あ、アイリスさん」


 背の高い男と話していたイトが、アイリス達が船着き場へと来たことに気付き、振り返る。そして、片手を団員5人に向けながら、アイリス達にも分かるようにと簡単に紹介してくれた。


「こちら、ご存じだと思いますが魔物討伐課の副課長、ジェイド・ランバルトさんです。他の4人の方は魔物討伐課から、チーム『(フィロ)』のスロイドさんとフィオルさんです。魔的審査課からはポリィさんとラリオンさんが来て下さいました」


 どうやら副課長以外の4人もイトの知り合いのようで、互いに殺伐とした関係ではないらしい。


 急な応援要請だったにも関わらず、ジェイドを含めた5人からは負の雰囲気は流れていない。彼らは納得して、自分の意思でこの島へと来てくれたらしい。


 団員4人がアイリスとクロイドを見てから軽く頭を下げて来たため、それに返すようにアイリス達も頭を下げてから挨拶をする。


「ああ、アイリスか。顔を合わせるのは一年ぶりくらいか? 久しぶりだな」


 そう言ったのは魔物討伐課の副課長であるジェイドだ。性格としては豪快かつ朗らかで、腕っぷしが強く、頼れる兄貴分のような人物である。


 自分が魔物討伐課に属していた時も他の団員と同じように分け隔てなく接してくれていた内の一人であるため、アイリスは内心安堵していた。


「お久しぶりです、ジェイド副課長」


「確か、魔具調査課に移ったんだったな? ブレアのところか」


「はい」


 ブレアにとってもジェイドは信用に値する人間であるため、そのことについてもアイリスは少しだけ心を開いていた。


「さて……。イトとリアンからこのオスクリダ島で起きたことは、ある程度は聞いている。正直に言って、自分の目で確認しなければ信じられない内容と思える案件だ。それに……」


 そう言って、ジェイドの視線がゆっくりとアイリス達の後ろに立っているライカへと向けられる。


 ライカはジェイドや他の団員から驚きの感情が込められた視線を向けられても一切、動じることなく無表情のままでいた。

  

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