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赤い殺意

 

 耳に残るような咆哮を上げた赤い鳥がゆっくりと前へと進む。


 赤い鳥による攻撃が来るとアイリス達が咄嗟に防御の構えを取ろうとした瞬間、予想していなかったことが目の前で起こった。


「……な」


 視界に広がったのは、炎の赤だけではなかった。

 赤い鳥、いやリッカはセプスの真後ろから彼の頭に向けて、嘴を思いっ切り突き立てたのである。


 頭を怪我すれば、想像以上に血が噴き出すことは確かだ。セプスはリッカによって攻撃を受けたが、飛沫のように血を噴き出したのは一瞬で、何と死んではいなかった。


 恐らく、魔物の血と魔力が彼の身体を巡っているため、普通の人間よりも身体が丈夫なものになっていることは安易に想像出来た。


「──があぁっ……!!」


 突然の痛みによって、セプスはその場へと頭を抱えるようにしながら倒れる。どうやら、人間としての痛覚はまだ彼の中に残っていたようだ。


 のたうち回るように痛みを訴えているセプスをリッカは目を細めて、見下ろしていた。感情が表に出るような面持ちではないというのに、その視線は怒りが含められているように思えた。


 ……どうして。


 目の前で一体何が起きているのだろうか。それまではリッカはセプスのすぐ傍に控えるように立っていた。

 だが、彼女はまるでそれを裏切るように突然、セプスを襲ったのである。


 ……違う。裏切ったのではなく、リッカは最初から……。


 頭の中でぽつりと浮かんできたのは、人間の姿をしていたリッカがセプスに向けて、言っていた言葉だ。


 ──セプス先生、待っていて下さいね。……私、あなたを殺します。


 冷めきった言葉の中に含められた憎悪と復讐を意味するものが頭の中で反響していく。

 リッカは魔物へ身を堕としても、その心は人間のままだったのだ。


 彼女の心と記憶は失われることがないまま強く残り、そしてセプスを自らの手で殺すという唯一の目的のためだけに今、ここに立っているのだろう。


 アイリス達が手を出す暇もないまま、リッカは鋭い脚の爪でセプスの頭を包むように突き刺しながら持ち上げたのである。


「ぐぁっ……!? だっ……!」


 頭を襲う痛みによって、セプスは見たこともないほどに混乱しているようだった。

 こういう場合こそ、魔法を使って逃げることが出来るだろうに、リッカに襲われているセプスは冷静な思考を失っているらしい。


 きっと、セプスもこれほどまでに激しい痛みを感じることは今まで体験して来なかったのだろう。どうすればいいのか分からない状況に陥っているようだ。


 彼もリッカが人間としての理性を残したまま魔物の姿をしているなんて、そのようなことを考えてはいなかったに違いない。

 実験と結果しか見て来なかった彼にとって、今のリッカは初めての「予想外」なのだから。


 しかし、リッカは容赦なく、爪をセプスの顔へと突き刺しながら、ゆっくりと痛みを味わわせているように見えた。


 ──殺してやる。


 その意思がはっきりとリッカの行動に表れており、彼女の自意識を繋ぎ止めているのだろう。


 ただ殺すだけではない。まるで今までの恨みや憎しみが、爪を立てるたびに赤い印として刻まれていくようだ。

 もしかすると、セプスの実験によって、死を与えられた島人達の感情を肩代わりするために、一つずつ丁寧に刻んでいるのかもしれない。


 セプスが動くことが出来ないようにとリッカは脚で固定しつつ、彼の背中に生えている黒い翼を嘴で噛み付いてはもぎ取っていく。


 それだけではなく、嘴から零した吐息をセプスへとかけることで、その身を炎で包み込んでいた。焼身していく中でセプスは一本になった手をリッカの方へと伸ばしかける。


「リッ……」


 セプスが名前を呼ぼうとした瞬間、リッカは名前を呼ぶことを嫌ってか、脚で押さえている頭を一度持ち上げてから、屋根上へと思いっきり叩きつけた。


「ぐはっ……」


 セプスの口からは血が零れていく。もはや、彼の原形はなくなってしまったと言えるほどに、その身は傷が刻み込まれており、人間らしい顔はしていなかった。


 アイリスもクロイドも、運動場からこちらを見上げているイトとリアンも──そしてリッカの弟であるライカでさえも、赤い鳥の魔物となったリッカの行動を止めることはしなかった。

 いや、止めることが出来なかったという方が正しいのかもしれない。


 ただ、呆然とセプスが赤く染まっていく光景を見続けることしか出来ない程に思考が停止していたのだ。


 ──殺してやる。絶対に、殺してやる。


 強い意思がリッカの行動に表れていることは分かっている。彼女が最期の最期で望んだ優しい願いは弟であるライカが生きる事だった。


 だが、それと同時に彼女の心の中にはセプスへの復讐が拭うことなく、強く刻まれていたからこその行動なのだ。


 純粋で、笑顔が柔らかくて、気遣いが上手く、弟思いの優しい少女が、目の前でセプスをいたぶり続ける現実がどうしても今までの感情と合致することが出来ずにいた。


 セプスの身体はリッカが吐いた炎によって全体が包まれて、そして少しずつ塵へと変わっていく。


 まるで腐った肉を焼くような匂いがアイリス達のもとまで、風によって運ばれてきた。


「──姉さん!」


 呆然としていたアイリス達を現実へと引き戻したのはライカの声だった。ライカはイト達の手から抜け出して、校舎に向かって走ってきている。


 そして、魔物化している足を使って、地面を蹴り上げた。跳躍力が付与されているのか、彼の身体はふわりと浮かび、まるで木を登るように校舎を壁伝いに登って来る。


 校舎の屋根上まで上がってきたライカはそのままリッカへと駆け寄ろうとしていた。

 しかし、リッカはすぐにライカに向けて息を吐き、炎の壁をその場に作り上げては近づかないようにと牽制していく。


「……姉さん。大丈夫。僕は姉さんが姉さんだって、分かっているよ」


 リッカによって作られた炎の壁の中にライカは足を進めていく。


 アイリスがライカを止めようと一歩、足を進めたがクロイドによって腕を掴まれ、今は手を出さない方がいいと首を振られたため、見守ることにした。

     

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