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理解しがたいもの

 

 剣の柄を握っている手には、相手を確かに捉えたという手応えがあった。それなのに、この剣がセプスを切り裂くことはなかった。


「なん、で……」


 アイリスの剣は確かにセプスを捉えていた。だが、攻撃を防ぐための盾として使っているセプスの右腕はまるで鉄のように硬いものとなっていたのだ。


 まるで以前、対峙した混沌を望む者(ハオスペランサ)のような攻撃の防ぎ方に似ている。


 右腕の下でセプスが口元を緩めたように見えたアイリスは背筋に冷たいものが流れた気がして、瞬時の後方へと飛び移るように下がった。


「……なるほど。これが硬化の魔法か」


「……」


 セプスは呪文を唱えないまま、身体を硬化させる魔法を使っていた。それはつまり、魔物化している身体全体が「魔具そのもの」を意味しているのだとアイリス達はすぐさま察する。


 ……厄介だわ。


 無詠唱、無動作で魔法が使えるというのならば、隙が生まれにくいのは確かだ。魔法使いの中で実力がある者ほど、無詠唱と無動作による魔法を容易く扱えると聞いている。


 だが、セプスはまだ魔力をその身に宿して一時間ほどしか経っていない初心者だ。魔法の呪文はそれなりに知っているようだが、彼が一体どれほどの上級魔法を扱えるのか気が気でなかった。


 ……それこそ、ここら一帯を一瞬で火の海にしてしまう上級魔法を使われてしまったら……。


 今のセプスは新しいものを手に入れた子どものような状態だと言えるだろう。そういう場合の子どもというものは、早く新しいものを周囲に見せびらかしたくてたまらないに違いない。


 魔法使い同士の戦闘において、いかに相手に魔法を使わせずに屈させるかが戦闘の決め手となっている。


 だが、セプスは違う。今の彼は魔法を使いたくて仕方がないのだろう。そのため、彼を「制御」するためのものが何一つとして無いのだ。


 アイリス達にとっては使ってはいけないと分かっている魔法さえも、セプスにとってはただの催し物だ。

 その境目を彼は最初から持っていないからこそ、この島で愚行を行っていたのだから。


 ……上級魔法を使わせる前に決着をつけないと。


 これ以上、セプスが楽しむ時間を与えたくはない。出来るならば、生け捕りにして教団の魔的審査課で取り調べをしてもらいたいが、容易くは無いだろう。


 アイリスはクロイドの隣に並びつつ、深く息を吐く。クロイドもセプスの出方を見極めようとしているのか、動くことはない。


 セプスはただ、余裕な笑みをこちらに向けて浮かべているだけだ。余程、自分の方が強いと思い込んでいるのだろう。


 両者の間に流れる静けさをアイリスはわざと破った。


「……セプス・アヴァール。これが最後の忠告よ。抵抗をせずに、投降なさい」


 本当はセプスの全てを壊してしまいたくて仕方がないアイリスだったが、それを飲み込んでから、教団の人間としての言葉を告げる。


 怒りは収まってなどいない。ただ、自分の中の冷静だと言える部分がほんの少しだけ、戻ってきただけだ。


 セプスが行っていた実験だけではなく、彼の背後にいるブリティオンのローレンス家についても色々と問いただしたいことがあるため、彼を生かしておくことに有益が出る方をわずかに選んだのだ。


 もちろん、自制というものが低い自分には、少しでも心の中の天秤がどちらか片方に強く傾くようなことがあれば、いまセプスへと告げている提案はなかったことになるだろう。


「ははっ……。ローレンス家の人間というのは、どこの輩でも上から目線の者ばかりだな」


「……」


 セプスは本当に愚かで仕方がないと言うように空を見上げながら笑い声を高らかに上げる。


「そうだなぁ……。僕からも君に──アイリス・ローレンスへと忠告をしておいてあげよう」


 一本となった手でセプスは眼鏡を少しだけ、鼻の上へと持ち上げた。


「まず、ブリティオンのエレディテル・ローレンスがこれから行おうとしていることを君達は止めることは出来ない。──絶対にね」


「……ブリティオンのローレンス家は何を行おうとしているの」


「ふふっ……。いやぁ、あちらで行われている実験も僕としてはそれなりに期待しているからね。完成するまでのお楽しみさ」


 セプスが浮かべる笑みに対して嫌悪を抱いたアイリスはすぐさま顔を顰めた。


「念のために聞いておくけれど、それは……ブリティオンのローレンス家が行っていることは、ローレンス家の祖となる魔法使い『ローレンス』を復活させるためかしら」


 アイリスが剣先をセプスへと向けながら、睨み据えつつ訊ねると彼からは渇いた笑い声が返って来た。


「ははっ……! 大魔法使いのローレンスを復活させるためかって? ははは……!」


 彼は心底、馬鹿馬鹿しくて仕方がないと大笑いし始めたのである。やがて、笑いが治まったのか、彼は右手の指先で目元を軽く拭ってからアイリスの問いに答えた。


「いいや、違うね」


 そう、はっきりと断言したのである。思わず驚きの表情が前面に出てしまいそうになったアイリスは、腹に力を込めてから無表情を装った。


「ローレンスの復活だったならば、どれほど良かっただろう……。……これはね、全てエレディテル・ローレンスの我儘なんだよ」


「……は?」


「ただの我儘、それだけさ。彼の我儘のためだけに、ブリティオンの魔法使い達は怯えながら命を捧げなければならない。……くくっ……本当に愉快で可笑しな話だ」


 セプスはエレディテル・ローレンスが行おうとしていることを我儘だと言い切っていた。だが、その我儘の意味がよく分からないアイリスは目をすっと細める。


「その我儘の内容は教えてもらえないのかしら?」


「うーん……。まぁ、急いで答えを知ろうとしなくても、そのうち君の出番が来ると思うから、ゆっくりと構えていればいいと思うよ」


「何ですって?」


「僕もエレディテル君達が行っている実験の過程の詳細までは知らないけれど、それでも君自身が必要になることは知っているからね。……その日が来るまで、他の者達の死を見送りながら紅茶でも啜っていると良いよ、アイリス・ローレンス」


「……」


 セプスが言っている言葉は、アイリスの問いに対して答えられたものであるはずなのに微塵も理解することが出来なかった。彼は一体、何を言っているのだろうか。


 ……分からない。セプス・アヴァールも──エレディテル・ローレンスのことも。


 彼らの考えを理解することが出来れば、これから先に起こるかもしれない何かに備えることが出来ると思っていた。

 それでも、話を聞いただけでは核となるものが一欠けらとして見ることは出来なかったのである。

  

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