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焼き付けるもの

 

 生きている魔物がいなくなったことで、その場は再び静寂へと戻される。遠くから聞こえて来るのは、穏やかな潮騒の音だけだ。


「──診療所の結界が破かれた以上、セプス・アヴァールもそのうち追いつくでしょうね。……実験の全てを知った私達をどうにかして、口封じしたいはずだから」


 アイリスは出来るだけ通常の自分と同じように装いながら言葉を呟く。

 自分が血の海の上に立っていることは分かっているが、結局どこに立とうとも同じようなものだろう。付いて来るものに変わりはないのだから。


「だから、クロイド。今のうちに浄化の炎で……死体を燃やしてくれないかしら」


「……」


 一切の感情を込めないまま、アイリスが告げた言葉を受けて、クロイドの瞳が一瞬だけ揺らめいたように見えた。

 本当は色々と自分に言いたい言葉や伝えたい感情があるのだろう。それでも彼は何も言わずに首を縦に振ってから、一歩ずつ、アイリスの方へと近付いて来る。


 そして、地面の上へと転がっている魔物の死体に向けて、クロイドは両手をすっとかざした。


「……──冷酷な業火クルエルド・ブレンネン


 クロイドが呪文を唱えたと同時に彼の魔具である手袋から形成されるように炎の塊が出現し、少しずつ大きいものへと形を変えていく。

 空中に浮かぶ火の玉のように見えるものとして具現化した炎の塊をクロイドはゆっくりと地面に向けて振り下ろした。


 炎の塊は一つの死体へと接触すると、そのまま横へと侵食するように炎を広げていった。

 死体となっている魔物達はやがて連なりながら炎の海の中へと引きずり込まれ、明るくも鮮やかな光景が視界を埋め尽くしていく。


 魔法による炎の飛び火がはじけ飛んでは自らを消滅させていった。

 それはまるで、巻き込みながらも互いに寄り添うように全てを燃やし尽くしていく瞬間にも思えた。


 その熱は確かに感じられるものだった。だが、炎の中で消えていく者達が持っていた優しい熱よりも、何故か冷めたもののように思えたのだ。


「……」


 これは手向けなのかもしれない。炎に焼かれ、身も魂も浄化されて、神のもとへとどうか安らかに逝けるように──。


 そんな身勝手な願いを込めつつ、アイリスは燃え上がる炎の中で一切動くことのない魔物達を見下ろしていた。


 クロイドの魔法によって、魔物達はその身を削るように塵となっていく。少しずつ部位を消し炭にしては、空気中へと溶けるように消えていく。


 そう、何もかも無くなってしまうのだ。それまでは目に見えて、触れる事さえ出来たというのに。

 今、目の前で全てが消えていく。全てが無かったこととして片付けられてしまう。


 二度と戻れないならば、人間に戻ることが出来ないならば。


 心の中で未だに渦巻いている感情を整理し切れないまま、アイリスは全てを燃やし尽くす炎にすがるような瞳を向けていた。


 許して欲しいとは思わない。許されることさえ、許されない。

 だからこそ、自分は全ての感情を押し込み、目と脳裏と魂にこの光景が残るように焼き続けなければならないのだ。


 アイリスは少しだけ、ライカの方へと振り返った。彼は自分の背後から、燃え上がっていく魔物達に感情が込められていない視線を向けていた。


 言葉を交わし、感情を交わし合った人達が魔物へと姿を変えられ、その上アイリスによって命に区切りをつけさせられたというのに、ライカは表情に色を付けないまま、静かに見つめているだけだった。


 死体を浄化しながら激しく燃えていく炎はやがて、燃やすものがなくなったことで、穏やかにその身を鎮めて行く。


 火が完全に消え去った後には、一つとして何かが残っていることはなかった。そこに在るのは無だけで、影も形も魂さえも残っていない。何も無かったのだ。


 ただ、地面の上には血の跡が残っているだけで、それだけが魔物が──いや、人だったものがそこにいたという証になっていた。


「……まだ、殺さなければいけないのかしら」


 呆けたような声色でアイリスは自分自身に向けて小さく呟く。

 出来るならば、もう何も殺したくはないというのが本音だが、それでも敵が自分達を襲おうとするならば、抱いている甘い考えは斬り捨てなければならない。



「っ……!」


 しかし、何かを感じ取ったのかクロイドが突如として上空を見上げたのである。

 それにつられるように、アイリスも空を見上げた。今日は月が出ている。満月ではないが、それでも雲一つない夜空であるため、月の姿がはっきりと見えた。


「……?」


 だが、見上げた月の輪郭の中に普段、見ているものとは違う異物らしき影が浮かんでいるように見えてアイリスは少しだけ目を細める。

 その影は少しずつ月から遠ざかり、徐々にアイリス達が立っている場所に大きな影を作っていく。


「っ! あれは……」


 イトが焦ったように呟いた時、アイリスも月の光を遮るように浮かんでいる影がどのような形をしているのか、そこで初めて理解する。


「人の……影?」


 輝く月を背後にしているため、その影の形はよく映えて見えていた。

 人の影のようにも見えたが、それにしても異様に見える影だと思えたのは、まるで大きな鳥の両翼が人の影と重なっているように見えていたからだ。


 やがてその影の持ち主はアイリス達が立っている学校の運動場の方へと近付いてきて、そして校舎の屋根の上へと慣れたように降り立つ。


 服は赤黒い色に染まり、左腕は元から存在していなかったと思える程に、綺麗に形が失われている。その姿を見て、誰かが引き攣ったような息をしていた。


 鼻にかけている眼鏡は月の光で反射して、淡く輝いているようにも見える。


 だが、背中には鳥かそれとも蝙蝠にも似た黒くも堅い両翼を生やしており、風を起こすように羽ばたかせていた。

 月の下で、突如現れた影は口元をゆっくりと歪めていき、そして不気味な弧を描いていく。


 アイリス達を見下ろすように学校の校舎の屋根上に降り立ったのは、半分魔物化したセプス・アヴァールだった。

  

 

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

「暁編」の「魔具調査課」のお話に挿絵を二枚、挿入してみましたので、もし宜しければどうぞご覧下さいませ。今後も時間はかかりますが、少しずつ挿絵を増やしていきたいと思います。

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