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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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行動

 

 その日の夜、早速、ヴィルから購入した霊探知結晶を使うためにアイリス達は学園の敷地内へと忍び込んでいた。

 暗闇の中に堂々とそびえ立つ白い建物は、昼間とは違って幾分か不気味な雰囲気を醸し出している。


「さすがに、この時間帯に人はいないわねぇ~」


 もちろん門は閉まっていたので、アイリスとクロイドは軽く門を飛び越えて、向こう側から縄を垂らしてミレットを引き上げることにした。


 普段、動く専門ではないミレットは縄を使って、壁を登ることでさえ一苦労のようだった。


「……あー、腕痛い……。明日、筋肉痛だわ……」


 両肩を回しながら、疲れたと言わんばかりに溜息を吐く。

 やる事は今からだと言うのに。


「大袈裟ねぇ。……クロイド。何か気配とかある?」


 クロイドは黒い瞳を暗闇で凝らす。何かを感じ取ったのか、ふっと顔を上げるがすぐに首を傾げた。


「どうかした?」


「……いや、多分、大丈夫だろう」


 一体、何が大丈夫だというのだ。

 しかし、訊ねようとする前に彼は校舎に向かって歩き出してしまう。


「もう、何よ……」


 唇を尖らせながらアイリスはクロイドのもとへと、早足で駆けていく。


「あ、ちょっと、待ってよ! 待って、行かないでっ」


 さすがに一人、暗闇の中に残されるのが怖いのか、後ろからミレットの慌てるような声がする。

 色々と強気なことを言っていても、やはりミレットは幽霊が苦手なようだ。



・・・・・・・・・・・



 校舎の入口である大きな扉は鍵がかかっているため、簡単に入れそうにはないが今こそ魔法が役に立つ時である。


「そう言うわけで、クロイド。鍵開けの魔法、知っているでしょう? それで、ぱぱっと開けちゃって」


 はいどうぞ、と言うようにアイリスは右手の掌をクロイドへと向ける。

 クロイドは訝しげな表情で、眉間に深く皺を寄せた。


「……魔法で開かなかったなら、どうする気なんだ」


「そうねぇ、力技なんじゃない?」


 太ももに下げている短剣をちらりと見せると彼はどこか呆れるように深い息を吐く。


 もちろん、鍵が開かない場合は壁を登って、屋上から入る予定であるが、体力が自分達ほど無いミレットには酷なことなので出来ればやりたくはなかった。


「アイリスは何でも、力で解決し過ぎだ」


「そうそう。まぁ、それも実力があるから出来るんだけどねぇ。見てるこっちは、気を揉まずにいられないわ」


 クロイドに同意するようにミレットも深く頷く。

 こういう時、何だか二人の呼吸はぴったりな気がするのは気のせいではないだろう。


「う、うるさいわね……。早く、開けなさいよっ」


 校舎の中を誰かが警備していることはないが、幽霊を探している他の課に遭遇する可能性だってある。出来れば他の課の魔法使いには会いたくはない。


 クロイドは二人に離れるように、手を横に広げて、一度深く息を吸い込み、扉へと手をかざす。


「……扉よ、解き放てポルータ・リベラティオ


 呟いた一言に反応するように鍵を閉めている部分から、金属が擦れる音が響く。


 クロイドが扉の取っ手に手をかけると、鈍い音を立てながら、分厚い扉は開いた。



「……静か、だな」


 三人はゆっくり校舎の中へと入り、扉を閉めてから周りを見渡す。

 昇降口は広い空間になっており、言葉を発すると一瞬でその場に広まる程の静けさだった。


「何だか昼間が騒がしい分、こう静かだと逆に不気味ね」


 ミレットは自分の体を抱くように腕を回して、周りを用心深く見渡している。


「じゃあ、早速、始めましょうか」


 アイリスは霊探知結晶を取り出して、結晶が真っ直ぐに糸を垂らすように持つ。これは魔力が必要ない魔具であるため、アイリスでも使えるのだ。


「……導くもの、求めしものを今ここに示せ」


 アイリスが呟いた言葉に従うように、糸の先に垂れた結晶が左の方へと揺れ始める。


 どうやら、探している幽霊がいる方向を示しているようだ。三人は頷き合い、そして結晶の示す先へと歩き始める。


 廊下も、教室も窓の外でさえも、別世界のようだった。

 ただ、影だけがそこにあり、自分達のものと交じり合うだけで。


 結晶は迷うことなく、ただ一つの方向に向かって進んでいる。これなら、今日中に目的の幽霊との接触も果たせるかもしれない。


 だが、一番後ろを歩いていたクロイドの足音が聞こえなくなり、アイリスは止まって振り返る。


「クロイド?」


 小声で話しかけるも、クロイドは今、歩いてきた廊下の奥を見つめたままだ。


「え、なに? 何かいたの? ちょっと冗談はやめてよね」


 ミレットが焦るようにアイリスの背中に隠れる。それでも、「何か」の正体は気になるらしく、視線はしっかりとクロイドの後方へと向けられていた。


 クロイドはこちらを振り向くと自らの唇に人差し指を当てて静かにするように、と仕草を返してくる。アイリスとミレットは顔を見合わせて、音を立てないようにクロイドのもとへと戻った。


 暫くの間、クロイドは暗闇の先である廊下の曲がり角を見つめていたが深い溜息を吐いて、誰かに話しかけるように声を上げる。


「いい加減、出てきたらどうだ。付いて来ているのは最初から分かっている」


 クロイドの低く鋭い言葉に反応するかのように、暗闇の奥から引き攣った声がする。


「……」


 何となく知っている声だったような気がしてアイリスは首を傾げた。

 いや恐らく、自分の頭の中で浮かんできた人物と同じだろう。


 アイリスは深く溜息を吐く。


「また、あなたなの……ハルージャ」


「え、嘘……。ここまで付いて来たの、あの子」


 廊下の陰からは私服姿のハルージャが決まり悪そうに出てくる。


「大方、アイリスの粗探しに来たんだろう」


「ああ、そうね。でなければ、わざわざこんな夜遅くに、校舎に一人で来ないものね」


 仕方ないと言わんばかりに肩を落とすと、ハルージャは腕を組んで小さく鼻を鳴らす。ふんぞり返る姿に呆れを通り越して、むしろ感心さえ生まれてくる。


「あら、何の事かしら。私だって祓魔課の一人ですもの。幽霊探しの任務に決まっているでしょう?」


 そういえば彼女も一応、祓魔課の一員だった。それを忘れそうになるのは、普段から任務をしているハルージャの姿を頭の中で上手く想像出来ないからかもしれない。


「じゃあ、勝手に探せばいいじゃない。私達はこっちの校舎を探すから、あなたは向こう側。付いて来ないで」


 向こうに行けと言うように、アイリスは右手で追い払うような仕草をする。


「わ、私だってこちらに幽霊がいると思って探しているだけですのよ!」


「そう、それなら先に行きなさいな。ほら、どうぞ」


 アイリスは廊下の端に身を寄せて、先に歩けと目配せする。


「なっ……」


 絶句しているハルージャに、ミレットは小さく苦笑して、アイリスの肩を叩いた。


「それぐらいにしておきなさいよ」


「だって……」


 ミレットの窘めに対して、アイリスが子どものように頬を膨らませる。


「ねぇ、ハルージャ。条件付きでいいなら、一緒に行動してもいいわよ」


「な、何ですの」


「幽霊探しの条件は一緒でしょ? 手柄はあなたにあげるから、今日のところはアイリスに突っかかって来ないでくれる?」


 ミレットの申し出にハルージャは目を瞬かせる。


「幽霊は私達で探すし、捕まえるのはあなた。どう? いい案だと思うのだけれど」


 ハルージャは口を閉じて何かを考える素振りを見せる。

 そして、満足そうに口の端を上げてにやりと笑っていたが、仮にも良い家柄のお嬢様が台無しの笑い方だ。


「いいですわ。その提案、受けますわ!」


 手柄が自分のものに出来ることが余程嬉しいのか、鼻を鳴らすハルージャを見ながら、アイリスは先ほどよりも深い溜息を吐く。

 嫌味を言われないのはいいが、一緒に行動することを考えるだけでも中々気が揉める。


 それでも、後ろからこっそり付いて来られるよりはましと思った方がいいのだろうか。


「……行くわよ」


 まだ、何も始まっていないのに疲れきった表情でアイリスが目配せする。


 視界の端に映るクロイドが気付かれないように抑え目に苦笑しているので、軽く睨むとわざとらしく咳き込んだ。


 全くハルージャが付いて来ていると分かっていたのなら、早めに教えて欲しいものだとアイリスは何度目か分からない溜息を吐いていた。


    

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