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黒い記録書

 

 セプス・アヴァールを嘆きの夜明け団で制定されている法で裁くために、決定的な証拠となるものを探していたアイリス達だったが、探す手はクロイドの一言によって、一時的に中断される。


「──なぁ、こっちに来てくれないか」


 どうやらクロイドが何かを見つけたらしい。アイリスと同じく診察室で本棚を漁っていたクロイドが手に取って、持って来たのは黒い背表紙の分厚い本だった。

 まるで鈍器と言わんばかりに本としては大きいものだが、その本をクロイドは片手で軽々と持っている。


「んー? 何か見つかった?」


 待合室の方で証拠を探していたリアンもクロイドの声に反応して、診察室の部屋へと戻って来る。リアンの方は特に何も見つけていないようだ。


「その本がどうかしたの?」


 見た目は普通の本よりも一回り大きい本だが、一体何について記されている本なのだろうか。


「ああ。これを見てくれ」


 アイリスとリアンを手招きしてから、クロイドは診察室に置かれていた机の上に黒い背表紙の本を置いてから、ゆっくりと開いていく。

 だが、表紙を開いた先には想像とは違うものが現れたのである。


「あっ……!」


「これは……」


 開かれた黒い本の中身を見て、アイリスとリアンは思わず、声を上げる。何とも分厚い本だと思っていたが、外見が本らしく見えていただけで、表紙を開いた中身はまるで箱のような細工になっていたのである。


 その中には数枚の紙をまとめたものを一本の紐で綴じた書類がいくつも入っており、明らかにこの書類達を隠すためにこの入れ物となっている箱は黒い本に模して作られたのだろうと察していた。


 クロイドは箱となっている中から数十枚に及ぶ、書類の束を取り出す。それを一枚、一枚捲って、目を素早く通しては眉を中央へと寄せていった。


「……島の人達の名前が書いてあるな。明らかに医療記録ではない単語が記載されている」


 クロイドが手に持っている書類にアイリスも顔を覗かせてみる。


 書類には島人の名前、初めて薬を投与した日、症状が出るまでの日数、薬の容量、そして死亡日などが細やかな字で書かれていた。

 書類にざっと目を通した限りではどうやら、この黒い本の中に隠されていた書類は全て死亡した島人達の実験結果の記録書のようだ。


 細かく、丁寧に、まるで少しずつ何かを築き上げていくように、書類に並ぶ文字は迷いがなかった。それが逆に恐ろしく思えて、アイリスは小さく身震いしてしまう。


 本当に淡々と作業をしていた記録が文字として表われていることに、これほど不気味さを感じることなど今まで無かったからだ。


 目を背きたくても、受け止めなければならない事実にアイリスは両足で踏ん張りながら、更に書類に目を通していった。


「……材料が……魔物の血と魔力……」


 リアンが口元を抑えながら、信じられないと言わんばかりの表情で動揺していた。クロイドも材料として魔物の血と魔力が使用されていた項目を見つけたらしく、険しい顔をしている。


「そんなっ……。そんなものを島の人達の身体に入れていたということ……? 何て酷いことを……」


「……魔力を持っていない人間に他の魔法使いの魔力を注ぎ込んでも、拒絶反応が出てしまうけれど、魔物の場合は他者に容易く魔力を与えることが出来るらしいの。セプス・アヴァールは魔物の性質を利用して……人間で、実験を行っていたの」


 言葉を濁すことはせずに、アイリスは話を続けた。


「セプス・アヴァールは元々、この島に根付いている『神様』に対する島の人達の純粋な信仰心を利用して、実験を行うために島の人に薬を投与していたのよ。ある日、突然、人がいなくなっても……この島の人達は行方不明になることを快く受け入れると知っていたから……。だからこそ、彼の非道が長い間、露見しなかったんだわ」


 だが、神隠しの多発により、ひと月前にオスクリダ島へと訪れたエディク・サラマンは異常性を感じ、そして神隠しの正体がセプス・アヴァールによる実験だと気付いた。

 それ故に彼は口封じ同然にセプスから実験薬を投与されたのだ。


 ……もしかすると、島の人達の中にもセプス・アヴァールの実験に早く気付いた人がいたのかもしれないわ。


 実験の記録書に記されている者達の死亡日が早い者は、ほとんどが若い者ばかりだ。

 この島の神様への信仰心がより深いのは歳を取った者達だと聞いているが、もしかすると歳が若い者ほど、神様に対しての信仰が薄かったのかもしれない。


 信仰心が薄ければ、神隠しが多発することに対してきっと疑問を抱く者もいるだろう。セプスはそういった者から、実験に関することに探りを入れられないようにと早めに片付けてきたのかもしれない。


「つまり……。この島で起きていた神隠しの正体はセプス・アヴァールの実験だったということか」


「そういうことよ。……人の純粋な気持ちを……セプスは自身の実験のための隠れ蓑にして利用していたの」


 その場に冷たい静けさが流れていく。神隠しの真実を聞いたクロイドとリアンも何と答えればいいのか、分からないでいるようだ。


 すると、アイリスは書類の中にリッカとライカの両親らしき名前を発見する。


『──シュウキ・スウェン。36歳。8月13日死亡。死亡原因、実験薬は途中まで良好。ただし、中毒症状と幻覚症状を起こし、発狂。その後、魔物と化して、自身の喉を引き裂いてから死亡。8月13日、記録。セプス・アヴァール』


『──ハルセ・スウェン。35歳。8月15日死亡。死亡原因、途中経過が良好だったため、最終実験薬を投与。しかし、投与してから一時間後に魔物と化すも、食事を一切摂ることなく衰弱死。 


 追記。上記二人は実験について勘付いていた様子。また、彼らの子に対して実験に関することを話していないか、警戒するべき。

 8月15日、記録。セプス・アヴァール』


 書類に記されている名前と死亡原因について、目を通していたアイリスはいつの間にか絶句していた。


「……」


 二人の死亡日は別日となっているが、それでも記録書が書かれた日付は約一年前となっている。リッカ達が言っていた時期と同じであるため、彼らの両親に間違いないだろう。


 ……ライカに読ませていいものなのか、迷うわね。


 自分の両親に関することとは言え、記されているのは死亡に至るまでの実験の記録だ。見てしまえば、彼の心の中で更に黒い感情が生まれてしまうだろう。


 アイリスでさえ、心の中では熱く煮え立った感情が荒い波を立てていたため、それを表に出さないように必死に抑え込んでいた。

  

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