裏の繋がり
一本道の洞窟のような場所を走りつつ、アイリスはクロイド達が見つけた出入り口を目指していた。
「それじゃあ、診療所の部屋にこの通路に通じる出入口が隠されていたってこと?」
荒くなっていく呼吸を周りに覚られないように我慢しながら、アイリスは斜め後ろを走るクロイドに訊ねた。
「ああ。しかも魔法で隠されていた」
「魔法で……。やっぱり、ブリティオンのローレンス家がセプス・アヴァールに魔法が使えるものを与えたのかしら」
「……どういうことだ」
クロイドが訝しげな表情で眉を寄せる。確かに突然、ブリティオンのローレンス家の話が出ても理解が追いつかないだろう。
お互いに前へと進みつつもアイリスはセプスから聞き出したことをクロイドに話すことにした。
「セプス・アヴァールは裏でブリティオンのローレンス家と関わっていると自分で言っていたわ。……彼は自分が魔力を得たいがために、島の人達を……実験台にしていたの。魔力を持っていない人間に、魔力を自ら作る核を身体の中に形成させるための実験をね。……でも、その実験が失敗した人は姿が……魔物へと変わるらしいわ」
「……」
「えっ!?」
引き攣ったような声を出したのはクロイドだけではなかった。前方でイトを抱えて走っているリアンも驚いているようだ。
ライカは何も言わないまま、無言で自らの手を見つめていた。彼の手はずっと獣の手のままで元に戻る気配はない。
「つまり、後ろから追ってきている魔物は……島の人達かもしれないってこと?」
「……ええ」
出来るならば、これが現実でなければいいと何度も思ったが口にはしなかった。
本当ならば、そう叫びたいのはライカだと分かっていたからだ。だが、彼は泣き叫ぶことをせずに、ずっと静かなままだった。
どのような感情を抱えているのか、見えないままライカはアイリス達に倣うように走り続けていた。
「ブリティオンのローレンス家は実験が失敗したことで人間が……魔物になったものを自国へと回収して、自分達が使う駒として扱っているみたい。それが何の目的のためなのかまでは分からないけれどね」
「……吐き気がする話だな」
そこでクロイドは言葉を噤んだ。
クロイドの飲み込みが早いのは、恐らくブリティオンのローレンス家のことを知っているからだ。
当主であるエレディテル・ローレンスに直接会ったことはないが、彼に器を与えられた悪魔、混沌を望む者が持つ残虐性を理解しているからだろう。
それだけではない。人間が魔物になるということに関して、身を持って知っているのは彼だ。
クロイドの身体には呪いがかけられている。月日が経ち、時が来ればその身が魔犬という魔物に堕ちる呪いだ。だからこそ、この悪夢のような状況に対する理解が早いのだ。
「もしや、集落に人の気配がしなかったのは……全員が……」
ここに来るまでに集落の様子を見て来たようだが、彼の零した言葉から察するに、島人達の姿はすでに集落内では見られなかったのだろう。
全ての人は恐らく、セプスによって、魔物へと変えられてしまっているらしい。
……でも、どうして今夜に限って、島の人全てを……。
セプスはそれまで、日にちをおいて一人から数人ずつの島人を神隠しへと誘い、魔物へと堕としてきた。
だが、今夜は違う。クロイドの言う通り、集落から人の気配が消えている上に、この通路の奥の鉄格子の中で唸っていた魔物達の数を見る限り、ほとんどの島人が捕まっているように思えたのだ。
……私達が関わったことで、実験が早まったのだとしたら──。
自分達がこの島の神隠しの真実に近付いたことで、セプスが全てを知られる前に実験の結果を急いで回収しようとしたのならば、その責任があるのは──。
アイリスは奥歯を強く噛み締めつつ、拳に爪を食い込ませた。
あくまで仮定の話だからと言って、全てを言い捨て切れない。新たな自責の感情が生まれたアイリスは呼吸することさえ、安易に出来なくなっていた。
だが、覚られてはならないと必死に平静を装うしかなかった。
「えっ……。それじゃあ、俺達が追いかけて、討伐したあの魔物は……もしかして、島の人だったというの?」
黙り込んだクロイドの代わりに、リアンが引き攣ったような声で訊ねて来る。彼の言葉に対して、アイリスははっきりと肯定するための言葉を告げることは出来ずにいた。
「……セプス・アヴァールはこの島の人全てに魔力の核を作り出す薬と、中毒性がある上に幻覚症状を引き起こす薬を投与していたらしいわ。中毒性がある薬を島の人達に投与することで、自分で操りやすいように施していたの」
「……」
そして、その二つの薬はスウェン姉弟にも投与され、ライカは半分魔物へと化してしまったのである。
それでも、セプスはライカの実験結果を見て、成功だと喜んでいた。あの狂喜に満ちた表情を出来るならこの右手で殴り飛ばしてしまいたかった。
「セプス・アヴァールの前任の医者であるクリキ・カールとその家族も、私達が行方を捜しに来たエディク・サラマンも……。皆が同じ薬を投与されて、魔物になったそうよ」
「……っ!」
信じたくはない話だろう。それは自分も同じだ。それでも、目の前で魔物へと姿を変えていくリッカを見てしまったあとでは、この話の真偽を否定する言葉が見つからなかったのだ。
言葉にすることさえ、まるで心臓に石を吊るされたような感覚が渦巻き、再び気分が悪くなってくる気がした。
だが、まだ話は終わっていないため、アイリスは全てを喉の奥へと飲み込んでから、言葉を続ける。
「セプス・アヴァールはローレンス家から後方支援を受けているだけではなく、魔法が使える魔具も与えられていると言っていたわ。恐らく、私達が知らない魔具をまだ持っている可能性があるわね」
「……それならば、奇跡狩りが通用するな」
ここはイグノラント王国だ。その範囲でならば、使用許可が出されていない魔具は自分達、魔具調査課が強制的に回収可能となっている。クロイドの提案にアイリスも同意するように頷き返した。
「……もしかすると、森の奥の巨石にかかっていた魔法は……ブリティオンのローレンス家の誰かがかけたものだったかもしれないな」
「でも、一体何のために……」
不自然に置かれていた巨石の存在の理由を未だに把握し切れていない。だが、魔法がかけられていた以上、魔法が扱える者が関わっていることは明白だった。




