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床下の通路

 

「それじゃあ、床に穴を開けるから、リアンは診察室の外で待機していてくれ。出来るだけ、魔法の威力は抑えるが、飛び火するかもしれないからな」


「分かった。……クロイド、気を付けてね」


「ああ」


 リアンが診察室の外へと移動したことを確認してから、クロイドは紙製の魔具が張り付いて動かない場所、その一点を狙って、炎系の魔法の呪文を唱え始める。


「──冷酷な業火クルエルド・ブレンネン


 右手に魔力を注ぎこむことに集中し、そして指先に拳くらいの大きさの炎の玉を作り出してから、床目掛けてその魔法を遠慮することなく放った。


 炎の塊は床に直撃すると、周辺の床と棚を巻き込みつつ、激しい音を立てていく。物を破壊する音は床だけでなく、診療所全体に響いていた。


 まるで隕石がその場に落ちたかのような音と熱気が一気に広がっていき、床に人が通れるほどの大きな穴を開けてから、炎の玉は爆散するように消え去った。


 クロイドは過ぎていく熱風を避けるために左腕を盾にしながら顔に衝撃が来ないように防いだ。

 熱い空気が感じられなくなったこと確認してから、クロイドは魔法によって無理矢理にこじ開けた床下へと繋がる穴を覗き込んでみる。


 元々は床下に開いていた空間であるため、その入口を広げたようなものだろう。

 穴からは焼け焦げた煙が微かに上がっていたが、そこには先程まで隠してあったものが通路となって現れていた。


「──クロイド、平気か?」


 診察室の隣の部屋で様子を窺っていたリアンは無事に通路が開いたことを確認するために、クロイドの後ろから開いた穴へと顔を覗かせる。

 クロイドは頷き返しつつ、リアンにもよく見えるようにとその場を譲った。


「ただの穴というわけじゃなさそうだね……。大人が通れる幅だし、階段まであるよ……」


「そうだな……。明らかに人間によって整えられた場所のようだ」


 瓦礫となった場所に足を取られないように注意しつつ、リアンは床に開いた大きな穴を覗き込む。


 人間の手によって作られているのは石の階段だ。目を凝らせばそれほど、段数は多くはない階段のようで、階段下はさらに奥が続いているらしく、途中までだが道が見えていた。


「普段から、この場所は使用されていたということだろうか」


「うーん……。診療所がこの場所に建つ前からある穴なのかな? それとも、診療所が建ってから掘られた穴なのか……。どちらにしても、穴の向こう側には普通の廊下ほどの広さがあるみた──わぁっ!」


 突然、立っていた場所の足場が崩れたため、リアンはそのまま引きずり降ろされるように穴の中へと落ちていき、そして階段の上を数回ほど回転してから、階段下へと転げ落ちていってしまう。


「おい、リアン! 大丈夫か!?」


 クロイドはリアンに声をかけつつも、彼の後を追うために足元に注意しながら石によって組み立てられている階段を下りていく。


「あはは……。俺は大丈夫。それほど段数が多い階段じゃなくて、助かったよ……」


 転がり落ちたリアンは自分の頭を右手でゆっくりと撫でつつ、乾いた笑い声を上げる。どうやら彼の身体が柔らかいこともあってか、目立つ怪我はなさそうだ。


 無事で良かったとクロイドも安堵しつつ、全ての階段を降り切った。リアンの隣に降り立ってみて、やっと穴の向こうに続いていた通路の全貌が明らかとなった。


 階段下の更に奥に続いていたのは終わりが見えない真っ暗な通路だった。この暗さは暗視の魔法が使えない普通の人間ならば、ランプが無ければ一歩も前に進めないだろう。


「うーん……。どうやら洞窟みたいな場所だね」


 そう言ったリアンの言葉が微かにこの空間内で反響していく。

 上下左右、周囲を全て見渡しても、何か目立つようなものは特に見られない。ただ、この空間の全てが岩石によるもので覆われていることは分かる。


「洞窟にしては……一面が岩石で覆われているな。これは一年やちょっとで、掘られたものじゃなさそうだ」


「ずっと昔に掘られた場所ということ?」


 リアンは立ち上がりつつ、服についた埃や土を手で払いながら落としていく。


「その可能性はあるが、見ただけではどのくらい前に掘られたのかは分からないな」


 専門ではないため、クロイドが首を横に振るとリアンは同意するように頷き返した。


「でも、この場所……凄く奥が深そうだけれど、一体どこに繋がっているんだろうね」


「……さあな。だが……この奥にアイリス達がいるかもしれないなら、進むしかないだろう」


「うん、そうだね……」


 しかし、縦幅と横幅が広いと言っても、この場所で剣を振り回すことは難しいだろう。ここは魔法を扱う自分が上手く立ち回った方が良いかもしれない。


 嗅覚は相変わらず戻っていないが、魔法による暗視はまだしっかりと効いている。どこに続いているのか分からないこの通路を進む分には問題はないだろう。


 それでも、何かがこの奥に待っている可能性はあるため、しっかりと気を張っておいた方がいいかもしれない。クロイドはリアンに気付かれないように一つ、深く息を吐いた。


「……行こう」


 クロイドとリアンは警戒心を解くことなく、岩石によって覆われている洞窟の通路を少し小走りで進み始めた。

 

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