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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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値切り

 

 翌日、学園へと登校する前にアイリスはクロイドと嫌がるミレットを半ば引きずるようにしながら、ヴィルが経営する「水宮堂」へと来ていた。


 一般の人はただの胡散臭い骨董品を売るの店だと思われているのか、それともヴィル自身が店に魔法をかけて一般人を近づけないように施しているのかは分からないが、この店に来る時はいつも誰もいない。


「いやぁ、まさかミレットちゃんの方から来てくれるなんて……嬉しい限りだねぇ」


 ヴィルは細い目をさらに細めているが、その瞳の奥がこれでもかと輝いているのは見ていて分かった。余程、ミレットに会えたことが嬉しいらしい。


「うげぇ……。ちょっと! それ以上近づいたら殴るからね!」


 アイリスの背中に隠れつつ、露骨に嫌そうな顔をしながらミレットはヴィルを威嚇するが、全く効果がないようだ。むしろ、ミレットの行動と言葉全てがヴィルを喜ばせているようにしか思えない。


「ミレットちゃんになら、是非とも殴られたいね!」


 あっけからんと言うヴィルに対して、ミレットは睨みながら舌を出す。何だかんだでこの二人は仲がいいのでは、と密かに思っているがアイリスは口には出さなかった。


 クロイドを連れてここへ来るのは二回目だが、初めて入った店内を彼は物珍しそうに眺めている。何か気に入ったものでも見つかるだろうか。


「それで今日は何をお探しかな、アイリス嬢?」


 いつもの営業用の笑顔はミレットがいるおかげで、二倍の輝きを放っている。苦笑しながら、アイリスは頷き返した。


「多分、ヴィルさんの耳にも入っていると思うのですが……」


「ああ、学園の幽霊探しね。他の課も色々と手を焼いているんだって?」


 元は魔具調査課の一人だったこともあり、さすがにヴィルの耳も早いようだ。


 アイリスは困ったように頷いて、幽霊探しが難航しているため、探すために何か良い魔具はないかということを相談した。


「ふむ……。そうだねぇ……」


 右手を顎に当てて、ヴィルは宙を見る。きっと彼の頭の中ではこの店で取り扱っている全ての品物の目録のページが勢いよく捲られているに違いない。


 そして、頭の中の目録で何かを見つけたのかヴィルは品物を並べてある棚の方へと歩み寄っていく。


「確かこの辺りに陳列しておいたはずなんだけどなぁ~」


 鼻歌を歌いながら、棚に並べてある美しく光り輝く石のようなものを一つ一つ眺めて、やがてその中から一つだけ取り出してくる。


「あった、あった。これ、『霊探知結晶』って言うんだ。アイリス嬢が持っている魔力探知結晶と創作者が同じでね。名前の通り霊の存在を感知して、導いてくれるんだ」


「……そんなに便利な物があるなら、他の課だってとっくに見つけているはずだろうに」


 それまで他の品物を眺めていたクロイドが呆れたようにぼそりと呟く。

 クロイドの少々呆れるような呟きに答えるようにヴィルは苦笑していた。


「まぁ、この魔具は世界で一つしかないものでね。……でも、祓魔課なら幽霊の一人くらいすぐに見つけられそうだけどなぁ……」


 どうぞといってヴィルはアイリスの手の平にその結晶を載せてくる。

 自身が持っている魔力探知結晶と同じくらいの大きさで、色は薄い緑が淡く光っているように見えた。


「これを持って、望むものを心の中で浮かべれば、探してくれるってことですか?」


「そうそう! ……お値段なんと、7000ディール!」


「高っ! そんなお金、今は持ってないわよっ! 1500ディール!」


 アイリスの後ろからミレットが吼えるように口を出す。


「えぇ……? いやいや、いくらミレットちゃん相手でも、その売値は安過ぎるよ。物にはそれ相応の価値ってものがありますから。うーん……5000ディール」


 渋い顔をしつつも、やはりミレットと会話が出来ることが嬉しいのか、ヴィルは笑顔を絶やさずに対応する。


「……何か値切りが始まったみたいね」


「そうだな……」


 アイリスは目配せして、クロイドに小さく呟くように話しかける。クロイドもこの現状に口出ししない方がいいだろうと、眺めることに決めたようだ。


「いつも贔屓にしているじゃない、アイリスが! 1800ディール」


「そうですねぇ……。ミレットちゃんも一緒に来てくれると嬉しいんですが。4000ディール」


 どうやら長く続きそうなため、アイリスは一歩後ろへと下がって二人を眺める事にした。

 何だか、値切りの交渉の主旨が変わってきている気がするが、ここは見守っている方が賢明だろう。


「そろそろ諦めて下さいな。……あ、そうだ。それならば、ミレットちゃんが今度デートしてくれるって言うなら、2000ディールで構いませんよ」


 アイリスはそうきたか、と内心驚きつつも小さく唸る。これまでヴィルはミレットに何度もデートを申し込んできたがいつも一蹴されていた。


「うぐっ……。えーい、女は度胸よ! 一時間デートで2000ディール!」


 ミレットは振り上げた拳をぐっと胸の前へと下ろし、表情を歪めながら吐き捨てるようにそう言った。

 ミレットが決断した言葉にヴィルの表情がぱぁっと満面の笑顔になる。


「よし、決まりだっ! 約束ですよ! 絶対、忘れないで下さいね!」


「やってやろうじゃない! でも、デート費用は全部そっち持ちだからね!」


 もはや、ミレットはやけくそになっているようだ。無理せずにそれで納得しているなら、いいのだが。


「いいですとも! 高級店を予約しときますよ」


「やめて頂戴」


 手であしらうようにミレットは右手を前後に振る。その一方で、ヴィルはこれまでに見た事がないほどの笑顔になっており、かなりご機嫌のようだ。


「……決まったようだな」


「そう、みたい……?」


 アイリスとクロイドは顔を合わせて曖昧に笑う。


 結局、ミレットの値切りのおかげで霊探知結晶を2000ディールで手に入れる事が出来たが、ミレットは心底疲れたと言わんばかりにぐったりとした顔をしていた。


 これは後で何か値切りの交渉のお礼に美味しいものでもご馳走した方がいいだろうと、アイリス達は密かに頷き合うしかなかった。

 

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