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荒業

  

 クロイドはその場に膝を付けて、そして床の上に落ちている紙製の魔具にそっと手を触れてから、拾い上げようと試みる。


 しかし、魔具はクロイドの手に収まることを拒絶し、するりと手から抜けては再び床の上へと落ちてしまう。

 いや、落ちたのではない。これは魔具が自らの意思で床に張り付いているのだと気付く。それは紙製の魔具がその役割をまだ終えていないことを意味していた。


「リアン、諦めるのはまだ早いぞ」


「え?」


「この魔具はただ、床の上に落ちているわけじゃない。魔具が示しているのは……床の下だ」


「それって、どういうこと……。……あっ!」


 リアンもクロイドが言いたいことをすぐに理解したらしい。


 クロイドが試しに床を軽く叩いてみると、想像していたよりも軽やかな音が少し反響して返って来た。

 魔具が示す場所から少し離れた床も同じように叩いてみたが、反響して返って来る音は全くの別物で、先程よりも鈍い音だった。


「……魔具が示している場所の床下の反響音の方が軽い。恐らく、床の向こう側は空洞になっているんだろうな」


「でも、床下にどこかへ通じる道があるとしても……。開けられるような場所は見当たらないね」


 リアンの言う通り、床には扉となりえる取っ手らしきものは見当たらない。


 普通なら、出入り口となる場所には、取っ手がないと入ることはできないはずだ。それが床に備え付けられている扉ならば尚更だろう。

 床ならば、引っ張り上げるものが無ければ、閉じられた床の扉を開ける手段がないからだ。


 どこか他に不審に思える点が無いかを探すために、クロイドは再び床に片足をつける。意識を集中させつつ、床を自らの右手でゆっくりとなぞっていった。


 先程、嗅いだ酷い匂いのせいで感覚が鈍っていることもあって、全てを感じ取れなかったが、それでも床からは微かに魔力が込められている気配が感じ取れた。


「この床の辺りから魔力が感じられるな……。もしかして、入口が見えないように魔法がかけられているのか?」


 クロイドの言葉を確かめるようにリアンも右手で床をなぞるように触ってみる。


「……うん、確かに微かだけれど魔力が感じられるね。でも、わざわざ床に魔法をかけるなんて……」


「知られたくはないからこそ、不可視の魔法がかけられているのかもしれない。……この先に、他の人間が入らないように」


「知られたくはないもの……」


 リアンは顔を顰めつつ、自分達の足元の床をじっと見つめる。恐らく、リアンの瞳にもクロイドと同じようにこの床が普通の床にしか見えていないのだろう。


 ……魔力を持たない島の人達に対して、念のためにかけておいた魔法なんだろうな。


 見られたくはない、知られたくはないものを隠すために魔法がかけてあるのならば、この床の先にあるものは──どれほど想像を超えるものなのだろうか。


 思わず、クロイドの喉の奥がごくりと鳴った。念には念を持って、他人に干渉されないようにと魔法までかけてあることに対して、不気味に思われる点を感じられたからだ。


「うーん……。駄目だ、俺にはただの床にしか見えないや」


 悔しそうにそう呟きつつも、紙製の魔具が張り付いている床の周囲にどこか出入口となる扉の取っ手が備え付けられていないか、リアンは手探りで探し始める。


 動かせる棚を動かしてみたり、壁に手を当てて叩いてみたり試すも、やはり魔法によって見えないように施されているらしく、開きそうな場所は見当たらなかった。


「……試しに魔法を使ってみるか」


 クロイドは右手を床に添えつつ、自身の魔力を手先に集中させながら呪文を唱える。


「──風斬り(ヴァン・ラーマ)


 瞬間、クロイドの手先から直接、床に向けて風の塊が添えるように直撃したが、すぐに跳ね返ってしまう。跳ね返った風はクロイド達の足元を吹き付ける風として、緩やかに消滅していった。


「床にかけられているのは、ただの魔法じゃなさそうだな」


「入口を隠すだけじゃなく、防御力もあるなんて……。でも、セプスさんは魔力を持っていなかったはずだけれど」


「魔力が込められた魔具を持っているならば、一般人でも使用することは可能だからな。だが、開けられそうな入口が見つからないとなると……この床の周辺を無理矢理に壊すしかないな」


「ええっ!? 壊すって……。壊すの!?」


 意外だと思ったのか、リアンは驚きの表情のまま、口をぽっかりと開けてクロイドを見ていた。


「入口を魔法で隠している上に防御の魔法までかけられているならば、通常の手段では入れないだろう?」


 仕方がないとクロイドが肩を竦めるとリアンは更に驚いた表情で両手を上下にゆらゆらと動かし始める。かなり動揺しているようだ。


「で、でも……。今、この床の下にある入口に誰かが入っていて、入口を見られないように閉めているなら、向こうとこちら側の両方に扉を開くための取っ手か何かが絶対にあるはずだよ……! でないと、物理的にこちら側からもあちら側からも行き来が出来ないし!」


「だから、その扉の取っ手となる部分が魔法で隠されて見えないから、周囲の床ごと壊すしかないと言っているんだ」


「えぇ……?」


 戸惑いを隠しきれないリアンはどうやら床に隠されている扉を無理矢理に破壊することには賛成出来ないでいるようだ。


 クロイドだって、本当ならば無理矢理に床を壊すような事はせずに、この床にかけられている隠された魔法を解読して、解呪するための相反魔法を使う方が良いと思っている。


 そして、扉の取っ手となる部分を見つけてから、床に仕込んである扉を自力で開くことが出来れば、室内と物に被害が出ない一番良い方法だろう。

 それでもクロイドが荒業を押し通したいのには理由があった。


「リアン、時間がないんだ」


「……」


「俺達がこうやって問答している間に、アイリス達の身に何かが起きているかもしれない。……助けるためには、手段を選ぶことは出来ないんだ」


 クロイドはリアンの瞳をじっと見つめる。


 確かにセプスが関わっていなかった場合には、ただ診療所に大きな被害が出て、そして島人達から非難されることは安易に予測出来る。


 だが、自分の勘が告げている。悪い予感はすぐそこにまで迫ってきていると、告げているのだ。


「……分かった。クロイドの意見に賛成するよ」


 リアンは大きく肩を竦めてから、少しだけ困ったように小さく笑う。


「……押し通したようで、すまないな」


「ううん。……いや、俺にも甘いところがあったんだなって思い知ったよ。そうだよね……。もう、どのくらいの時間が残っているか分からないからね」


 彼の言う「残された時間」は恐らく、アイリス達の命の安全という意味が含まれていることは聞かずとも察していた。

 自分達がアイリス達と別れてからすでに1時間は経っている。これ以上の時間はかけられないだろう。

  

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