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本棚

 

 クロイドとリアンは並ぶように走りつつ、頭上を迷うことなく飛んで行く白い紙製の魔具を追いかけていた。


「一体、どこまで向かうんだ……」


 鳥のように真っすぐと飛んで行く魔具を追いかけ続けて、すでに十数分程経っているだろう。その途中、島の集落を走り抜けてきたが、灯りは点いていても人の気配が全く感じられずにいた。


 ……集落の様子が何かおかしい。


 だが、今は魔具を追いかけることに集中しなければ、道標を見失ってしまう。集落の様子は後から確認しようと、心に留めて置くことにした。


「ねえ、この道の方向は……」


 リアンがぼそりと言葉を零す。どうやら彼も同じことを思っているようだ。鳥型の魔具が示す先にあるのは、何となくセプス・アヴァールが勤める診療所ではないかと感じ取っていた。


 ……嗅覚はまだ、鈍いままだな。


 せめて、嗅覚が通常に戻ってくれるならば、この周辺にアイリス達の匂いが残っているかどうか確認出来るだろう。しかし、先程の強烈な匂いを鼻に入れた後では、中々嗅覚が通常に戻ってはくれなかった。


「……どうやら、診療所に向かっているみたいだ」


 白い鳥型の魔具はすっと緩やかな斜面となっている坂を上っていく。その先にあるのはセプス・アヴァールの診療所と彼が住んでいる家しかないはずだ。


「……アイリス達なら、リッカ達を診療所に連れて行くとは思えないが……」


「無理矢理に連れて行かれた可能性もあるけれど……」


 クロイドもリアンも体力はそれなりにあるため、走り続けていても体力が尽きることはなかった。やはり、日頃から身体を鍛えておいて良かったと今にして思う。


 緩やかな斜面の道を上り切ったクロイド達は一つ、深い呼吸をしてから、顔を上げた。鳥型の魔具は何故か、診療所の扉にぴたりと張り付いたまま、動こうとはしない。


「……診療所の中に誰かいるのか? 灯りは点いていないようだが……」


「──ん? 待って、この匂いって……」


 クロイド達の鼻先に再び、スウェン家の前で嗅いだ強烈に甘い匂いと同じものがその場を満たすように漂って来たのだ。二人は同時に呼吸を止めてから、服の袖に鼻と口を押さえつけながら呼吸しなおす。


 見渡せば、診療所の軒先に何故かスウェン家の前に落ちていたものと似ている、緑色に濡れた袋が垂れ下がっていた。


「どうして、ここに……」


「セプスさんが自分で取り付けたのかな?」


 リアンの言葉に同意したかったが、セプスがそのようなことをする理由が分からないため、クロイドはその場を埋め尽くす強烈な匂いに対して顔を顰めるしかなかった。


 だが、今は診療所の軒先に吊るされている奇妙な布の袋のことを考えるのは後回しだ。今は診療所の中に入って、確かめなければならないことがある。


「クロイド、いつでも戦闘態勢が取れるように準備しておこう」


「そうだな」


 クロイドは手袋をはめなおし、リアンは背中に背負っている両手剣の柄に手を添えて、いつでも剣が抜けるようにと準備を整えた。


 二人は出来るだけ、足音を立てないように歩きつつ、診療所の扉の前で、その足を止める。

 室内に向けて耳を澄ませてみたが、物音は聞こえてこない。二人は扉の前で深く息を吐いてから、いつでも室内に飛び込めるようにと構えた。


「……開けるぞ」


「うん」


 リアンが頷いたのを確認してから、クロイドは診療所の扉を一気に開いていく。鍵はかかっていなかったため、診療所の扉は抗うことなく開かれた。


 クロイドとリアンは一瞬で、室内へと入り、お互いに背中を合わせるようにしながら、戦闘態勢を取る。しかし、診療所内は自分達以外の姿は誰も見当たらず、冷めた空気が漂うだけだった。


「……人の気配はしないね」


「そうだな……」


 夜の診療所ならば、当り前の光景なのだろう。しかし、この場を満たす雰囲気は何故か妙に思えてしまうものだった。


「あっ! クロイド、あっちを見て!」


 リアンがすぐに声を上げて、とある方向へと指をさす。


 クロイドもリアンの声に合わせて視線を向けると、自分達をここへと導いてくれた紙製の魔具が待合室の隣にある「診察室」の扉にまたもや、ぴたりと張り付いたまま動かないでいた。

 向こうに行きたいと言っているようだ。


「診察室……」


「行ってみるか」


 どくん、と心臓の音が身体全体に反響していく。どうか、この扉の向こうに広がる光景が最悪ではないことを願うしかなかった。


 扉の取っ手に手をかけて、短い呼吸を一つ吐いてからクロイドは診察室へと繋がる扉を開けていく。


「……」


 目の前に広がる光景は待合室と同じ暗闇だった。だが、待合室よりも空気が湿っぽく感じられる。


「……誰も居ないな」


 診察室には机と椅子が二脚、横になるための診察用のベッドが一台。そして薬品や薬が並べられている棚と、書類がまとめられている棚がずらりと並んでいた。

 どこにも奇妙な点は見受けられない場所のように思えるが、それは見た目の話だけだろう。


「……」


 かつり、かつりと自分達の足音だけがその場に響く。誰もいないのに、誰か周りにいるように感じられるのは、自分の嗅覚が利かなくなっているからだろうか。

 一瞬、寒気がしたクロイドはその身を震わせた。


「クロイド、魔具が……」


 リアンの言葉に、クロイドは再び視線を向ける。自分達が扉を開けたことで、診察室へと入ることが出来た紙製の魔具はまるで動きを止めたように床の上に落ちていたのだ。


「ここで、途切れちゃったのかな……」


 少し肩を落として、リアンが悔しそうに呟く。これ以上、イト達の追跡が出来ないと思っているのか、唇を噛んでいるように見えた。


「……」


 しかし、紙製の魔具が落ちている場所は診察室の扉から遠い場所の隅で、並んでいる棚が途切れている場所だった。


 物が何も置かれていない空間は1メートル程の正方形で、その真ん中にぽつりと魔具が落ちている光景が何故かかなり奇妙に思えたのだ。


 それだけではない。その床のすぐ傍には少しだけ向きが変わった方向に向けられている小さな本棚が置かれていた。


 本棚とは、普通は自分が本を取りやすい向きに表の面が向けられているものだろう。

 だが、その本棚は他の棚が置かれている位置の目の前に無造作に置かれており、真正面ではない方に向いていたことも気になったのだ。


 まるで、元からその本棚はその場所にはなく、別の場所から移動させられたように感じたのである。

  

 

いつも「真紅の破壊者と黒の咎人」を読んで下さり、ありがとうございます。一つ、お知らせがありまして、ここに書かせて頂きます。

現在、この作品は毎日更新(たまにお休み)となっていますが、今日から更新を二日に一度に変更したいと思っております。

理由としましては、伊月がこのお話とは別で、公募用の小説を四つ程書いておりまして、締め切りが近いのでそちらにも集中させて頂きたいのです。

締め切りは三月末なので、近づくにつれて、更に「真紅の~」の更新頻度を少しずつ減らさせて頂くかもしれませんが、更新を止めるわけではないので、ご安心くださいませ。

ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、ご了承のほど、どうぞ宜しくお願い致します。

  

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