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黒い感情

 

「……クリキ・カール家もそうやって殺したんですか」


 イトが瞳を細めながら、どす黒い感情を吐くように訊ねる。


「ああ、そうだよ。けれど、最初の実験薬は想像以上に威力が大きすぎてね。投与してから一分後に、四人ともすぐに魔物化してしまったんだ。家族だったというのに、理性を失った後はお互いに殺し合っていて、見ていて何とも愉快だったけれどね。……だが、やはり細かい調節は大事だと思い知らされたよ。動物と人間では、実験結果に大きく差異が出るらしい」


「……」


 この感情を自分はどのように扱えばいいのだろう。ただ、ふつり、ふつりと湧き上がっては、身体の中の感情を燃やしていく気がしてならないのだ。


「クリキ・カールの遺品を漁ってみれば、嘆きの夜明け団に関わっていたことが書かれた手記が見つかった。僕が、魔力を持たないが故に入ることが許されなかった、あの教団の……!」


 そこで、セプスは視線をアイリスの方へとゆっくりと移して、恨みを込めたような瞳で眺めて来る。

 そこには何故、自分と同じ魔力無し(ウィザウト)であるのに教団にいるのか、という感情が含まれているように感じた。


「エディク・サラマンが持っていた手記も読んだ。読んだ上で……彼らはそれぞれの目的を持って、教団に属していることを知った。……それら全て、僕にとっては煩わしく感じられた」


 セプスは注射器を右手で掴み、そして、力を加えたことにより、注射器は鈍い音を立てて、ひびが入っていた。あまりにも脆く、壊れていく注射器をセプスは特に気にすることなく言葉を捲くし立てていく。


「僕の望みを邪魔する者は誰だって、許さない。立ちふさがるなら、殺せばいい。いらないものは処分だ。自分の前から消せばいい。ただ、実験がしたい。僕は魔力が欲しい。──ただ、一つの結果を求めたいだけなんだ」


 切なげな表情でそう説いても、アイリス達の心に響くことはなかった。それどころから、彼が言葉を吐く度に嫌悪感と怒りが増していく。

 あまりにも自分勝手過ぎる行動に、怒りによる震えが収まらなかった。


「島の人達は……」


 ぼそりと、イトが言葉を吐く。そこには静かな怒気が確かに込められていた。それでも、溢れそうになる怒りを抑えながら、言葉をはっきりと告げる。


「魔物と化した、島の人達を人間に戻す方法は」


「必要ないことをわざわざ研究すると思うかい? そんなのもの、あるわけないだろう」


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにセプスはわざとらしく、肩を盛大に竦めて見せる。その言葉に、思わず絶望しそうになったアイリスは、何とか両足に力を入れてから、意識を踏みとどまらせた。


「……それでは、彼らの姿は一生戻ることはないんですか」


「戻す必要はないだろう? 僕にそんな暇はないし、何より獣から人間へと戻す研究に関しては、僕に全く利益がないからね。そんなことをしても時間と材料を無駄にするだけさ」


 身体が、魂が、心が、熱くなっていく。怒りが溢れていく。

 自分は、彼を許すことは出来ない。許せないと、激しい感情が喉の奥から出そうになる。


「魔物になった彼らは自分達が人間だったことさえも忘れているだろうね。そんな奴らをわざわざ元の人間に戻そうとするなんて、面倒なことこの上ないよ。それならば、『神隠し』として、この島の神に攫われたことにしておいた方が、僕だけじゃなく、彼らにも、彼らの周囲にとっても良いことだと思わないかい? だって、彼らにとって『神隠し』は幸福なことに違いないからね」


 もう、喋らないで欲しい。その耳障りな声と言葉、感情、瞳、笑み、態度、仕草、セプスに関する全てを閉ざしてしまいたい。


 この感情は何だ。人に対して、このような感情を持ってしまって良いのだろうか。

 だが、目の前の男を「消してしまいたい」と自覚してしまえば、自分は「正しい人」ではいられなくなる気がして、アイリスはその一歩を何とか心の奥へと押し留めた。


「何度、実験を繰り返しても、文句を言って来る者は一人もいない。島の人間は神隠しが起きたと喜び騒ぐものばかり。……本当、この島の奴らは愚図ばかりだ」


「っ……」


 怒りにより、アイリスは鉄格子に両手をぶつけるように添えて揺らしたが、セプスのすぐ傍にいた大型の魔物が威嚇するように低く唸って来た。これ以上、手を出せば噛みつかれかねないだろう。


「……この大型の魔物も島の人だったというの」


「そうだとも。人間だった時の彼は私のことを良く慕っていてね。残念ながら実験は失敗して、魔物になってしまったが、今でもこうやって僕の役に立ってくれているから、少しは長生きさせてあげようと思って傍に置いているんだ。──ああ、君達をここへと運んだのも彼だよ。とてもいい子だろう? ……彼としてもあれ程、慕っていた『セプス先生』の役に立てて、本望じゃないかな?」


 セプスは大型の魔物の頭を優しく撫でながら、飼い犬に接するように穏やかに笑う。その異様さに苛立ったのはアイリスだけではなかったようだ。


「何を戯けたことを……」


 歯ぎしりをしながら、イトが噛み付くように言葉を吐く。


「だって、失敗作がどうなるか、想像してみてくれ。……役にも立たない、いらないものは処分するべきだろう? 置いておいても邪魔になるだけだし」


「……っ! あなた……本当に、人の心を持っているとは思えないわ」


「そう言われても構わないさ。僕はやりたいことをやっているだけだからね。……でも、ありがたいことに失敗作となってしまった彼らの処分先は決まっているんだ」


「何ですって……」


「……ブリティオン王国のローレンス家。ここにいる魔物達はローレンス家が引き取ってくれるんだ。向こうで彼らの『駒』として使って貰えるんだよ、エディク・サラマンと同じようにね。いわゆる有効活用ってやつさ」


 島人達を実験のための材料として使い、そして実験が失敗すれば失敗作呼ばわり。挙句の果てにはブリティオン王国のローレンス家で使われる手駒の魔物として使用され、処分される。


 魔物へと姿を変えた彼らはオスクリダ島の島人達だ。何も悪い事などしていない。ただ、純粋に神を信じて、幸福を信じて、穏やかに和やかに日々を暮らしていた人達だ。


 だからこそ、セプスが悪びれることもなく呟いた言葉を聞いて、平常心が保てるわけがなかった。

   

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