元凶
「セプス・アヴァール。……エディク・サラマンを殺したのは、あなたなのでしょう」
それまでセプスが吐いた言葉は明らかにエディクの生死に関わることだった。エディクが生きているのか、死んでいるのかを知っているのは、その生死に関わった人間しか知らないはずだ。
わざとらしく自分がエディクに関わったと告げたように聞こえたため、アイリスは言葉を隠すことなく真っすぐと訊ねた。
「おめでとう、正解だ」
「……」
セプスは空いている手で軽く拍手を送って来る。その音さえもアイリス達にとっては不快音だった。
「僕がエディク・サラマンの本当の行方に関わっていることを覚られないようにするのは、中々大変だったよ。どうだったかね、僕の演技は」
「はっきり言って、騙されかけたわ。……あなたの全てに」
名演技だったと称える気も起きず、アイリスはわざとらしく嫌味のように吐き捨てた。
「……何故、エディクさんに手をかけたの」
「彼が気付いたからさ」
セプスは取り出した注射器を右手に持ち、指先で万年筆を回すように、器用に回し始める。
「エディク・サラマンは表向きには、この島へ観光に来ていた。僕も最初はただの『一般人』として彼を扱うことにした。……だが、彼は『神』の正体を知ってしまったのさ」
「……」
「彼は神が住まうと伝えられている迷える森に一人で調査に入り、そしてこの島に神は存在していないという結論を出した。全て、島の人間による空想の存在だと彼なりの答えを出したらしい。その上で何故、神隠しが起きるのか──」
セプスは注射器を指で回す事を止めて、少し遠くを見るように瞳を細める。
「奇妙に思った彼は、神隠しがいつから頻繁に起きるものなのか、詳しく調べ始めた。島の人間に細かく聞き取りをし、何度も森の中に足を運んでは調査を重ねていく。……そして、彼はとうとう見つけてしまったんだよ」
微笑んだ瞬間、彼の表情には嘲りが映っていた。その嘲笑がエディクに対するものだと言われなくても感じ取れていたアイリスは思わず顔を顰める。
「僕がその時、実験薬を投与していた島の人間の身体の中に微かな魔力が宿っていることにエディク・サラマンはいち早く気付いていた。だが、彼は島の人間に魔力が宿っているということを公言はしなかった」
エディクは教団内で決められていることを誠実に守っていたようだ。彼は心の中で疑問を秘めつつ、何を思っていたのだろう。今となっては、もう何も聞く事が出来ないのだ。
「けれど、普通なら魔力を持っていない島の人が体内に魔力を宿したことを異常に思ったんだろうね。……僕が診療所にいない往診の時間帯を狙って、彼は僕の所持品を調べたらしい」
呆れたと言わんばかりにセプスはわざとらしく肩を竦めながら、深い溜息を吐く。
「彼はとある夜、僕を島の人達の目が届かない場所へと呼び出し、そして証拠と言わんばかりに注射器と、実験結果が書かれた数人分の記録の束を取り出して、これは何だと訊ねて来た」
アイリスもイトも、ただ言葉を飲み込んで、セプスの話を耳に入れていた。出来るならば、聞きたくはない。
だが、聞かなければ、全ては分からないままだ。何故なら、目の前にいるセプスこそがこの島で多発する神隠しの元凶で、そしてエディクの死に関わる人間なのだから。
「エディク・サラマンは僕が作った実験薬を森の動物に直接打ってみて、試したらしい。そして、その動物が、時間が経つごとに魔力を持った魔物へと変化していったことで、注射器の中身がおかしいと気付いたようだ。……そのことを指摘された時、僕は実験を知られてしまった焦りよりも面倒くささが勝ってしまってね。……このまま、彼にとやかく言われるなら、さっさと殺してしまおうと思ったんだ」
「っ……」
最後の一言が冷たく聞こえたアイリスはセプスに気付かれないように一瞬だけ、肩を震わせた。
「でも、せっかくの『人間』だ。そのまま殺してしまうのは勿体ないから、僕は彼の首に……持っていた注射器を思いっ切り突き刺したんだ」
にやりと笑った笑みが恐ろしいのか、それとも彼が告げた行動が恐ろしいのか、もしくはどちらもかもしれない。隣に立っているイトもセプスの異常な行動に喉の奥をひゅっと鳴らしていた。
「だが、実験は上手くはいかなかった。エディク・サラマンが元々持っている魔力が、僕の実験薬と反発し合い、結局は人間としての理性を失った通常の魔物よりも狂暴な獣が出来上がってしまったんだ」
「エディクさんを……」
信じたくはないと心が叫んでいた。目の前にいる彼が、エディクに薬を投与し、獣へと変えたなど、そのような非現実的なことを信じたくはなかった。
「しかし、エディク・サラマンのおかげで、元々持っている己の魔力と実験薬が持つ魔力が抵抗し合い、そしてそれは勝った方の力が身体に影響を及ぼし始めるということがこの件で発見することが出来た。通常は失敗した場合には大きくても大型犬くらいの姿に変わるだけだが、魔力持ちの場合はそうはいかないらしい。……彼は身体を二倍ほど、膨らませて、手が付けられないくらいに狂暴な獣へと変わってしまったんだ。……まぁ、これはこれで新しい結果として役に立ったけれどね」
「……」
アイリスもイトもお互いに絶句しているのか、何かを発することが出来ずにいた。セプスは淡々と彼が行った実験結果の報告を話しているが、その話の異常さに頭が追いつくまで時間がかかっていたからだ。
「暫くの間は縄で繋ぎながら、中毒性のある薬を与えて、飼い慣らしていた。躾けをすれば、よく言う事を聞くようになってくれたよ、エディク・サラマンは。──ああ、彼に初めて人間だったものを食べさせた時に感じた、あの恍惚感は最高だった。神隠しの正体を求めていた彼もまた、人間を食べることでその身をこの世から消したんだ。エディク・サラマンも僕と同じように神になったんだよ。……何ともおかしい話だろう?」
優越感のようなものに浸りながらセプスが言葉を告げた時、リッカが話してくれたことを再び思い出す。
彼女が見た光景と今、セプスが話したエディクに関する内容が重なったような気がしたのだ。
もし、この話が一致しているならば、リッカが二週間程前の夜中に見た光景の中の大きい獣はエディクだった可能性が高いだろう。
……エディクさんは二週間前まで生きていたのね。
その真実を知っても、今更全てが遅すぎるのだ。
「だが、大きい生き物を飼うのにも維持費がかかるからね。最後はブリティオン王国のローレンス家の人に引き取ってもらったのさ」
「……そのあと、彼はどうなったの」
アイリスの両手は自然と拳が握りしめられており、爪を指に食い込ませながら何かに耐えるように言葉を吐き出した。
「さぁ、どうなっただろうね? ……でもまぁ、『人間』として死んだことに変わりはないからね。今頃は『魔物』として生きているかもしれないよ。もしかすると、いつか彼と会う機会もあるだろう。……もちろん、彼は自分が人間だったことさえ忘れているだろうけれど」
どうでもいいと言わんばかりにセプスはそう告げる。彼にとって、自分以外の人間はただの道具に過ぎず、そしてその思考がブリティオン王国のローレンス家と重なっていく気がした。




